高校時代、バドミントン選手としてオリンピックを夢見ながら、才能の差を目の当たりにして挫折したDaisukeさん。
その後、スポーツトレーナーを目指すも、再び厳しい現実に直面します。そんな中で出会ったのが、鍼灸師という道でした。
現在はニュージーランド・クイーンズタウンで鍼灸院を経営し、外国人鍼灸師の雇用や、E-bikeを使った訪問施術「Nomad Acupuncture」にも挑戦しています。
決して、最初から明確な将来像があったわけではありません。
自分の限界を知り、自分が生き残れる場所を探し、その時々に出会った人たちに支えられながら、一つずつ次の道を選んできました。
クイーンズタウンで過ごした10年を振り返りながら、挫折から学んだこと、鍼灸への思い、事業を次の段階へ進める挑戦について伺いました。
高校時代の挫折は、今にどうつながっていますか?
高校時代、バドミントンを競技として続ける中で、強く挫折したことを覚えています。
自分よりも練習量が少なく、努力しているようには見えない部員が、センスと才能によって、自分よりもどんどん上へ勝ち上がっていく。
それが、何よりも悔しかったです。
自分が憧れていたオリンピックは、夢のまた夢、そのさらに向こうにあるような場所なのだと、心から痛感しました。
それでも、オリンピックという場所へ行ってみたい、何らかの形で関わってみたいという思いは残っていました。
そこで高校卒業後に選んだのが、スポーツトレーナーを育成する専門学校です。
現在、私がいる鍼灸の世界でも、センスと才能を持ち合わせた鍼灸師に出会うことがあります。
でも、高校時代の経験があるからこそ、今は、自分の持っている武器を最大限に生かし、自分が勝てる土俵で戦おうと心がけるようになったのかもしれません。
なぜ、鍼灸師の道へ進んだのでしょうか?
スポーツトレーナーの専門学校でインターンシップをしていた頃、ある鍼灸師の先生と出会いました。
その先生は、当時の私にとって、とても特別な魅力を放っている人でした。
その方から「鍼灸師になりなさい」と勧められたんです。
なぜ疑わずに進めたのかと聞かれたら、直感だったと思います。
自分が憧れていた先生から、同じ鍼灸師になることを勧めてもらえた。それが、単純にとても嬉しかったんだと思います。
自分に向いているか、向いていないかは、ほとんど考えませんでした。
私は、まず後先を考えずに飛び込んで、飛び込んでから考えようとする癖があります(笑)。
ただ、今振り返ると、鍼灸師という道は、少し逃げ道でもあったのかもしれません。
スポーツトレーナーの世界でも、トップアスリートやプロのサッカー、野球チームで活躍できるのは、ほんの一握りの逸材だけだと知りました。
そこでもすでに挫折しかけていたので、「それなら次は、鍼灸師はどうだろう」と考えた部分もあったと思います。
海外で鍼灸をしようと思った理由は?
学生時代、東洋医学的なアプローチに代表される「補法」と、西洋医学的なアプローチに代表される「瀉法」では、それぞれの医学によって救える可能性のある患者さんが同じくらいいる、という考え方を聞きました。
その時、単純に疑問が浮かびました。
「それなら、西洋医学を中心とする国には、東洋医学的なアプローチがないことで、苦しまなければならない人が一定数いるということなのだろうか」
そして、当時の私はとても安易に考えたんです。
「だったら、その場所に行って鍼灸をやるべきじゃん」と。
同時に、そこは自分が鍼灸師として生き残れる可能性のある場所でもあると感じました。
「自分が生存できる場所で、生き残らなければならない」
そう考えるようになった背景には、高校時代のスポーツでの挫折や、スポーツトレーナーを目指していた時の挫折があったのかもしれません。
自分に足りないものを嘆き続けるのではなく、自分の持っているものを必要としてくれる場所を探す。
その考えが、海外へ向かう理由の一つになりました。
東洋医学の可能性を、現場でどう感じていますか?
正直なところ、私は「東洋医学でなければ助からない」とまでは、必ずしも思っていません。
実際、多くの患者さんは、鍼灸でなくても、身体に適切な刺激や介入が加われば、改善する可能性があると感じています。
一方で、さまざまな治療を受けても症状が改善せず、長く悩み続けている方が一定数いることも事実です。
そうした患者さんに東洋医学的なアプローチを行ったことで、症状が変化したり、改善のきっかけが見つかったりする場面を、これまで何度も経験してきました。
特に、検査では原因がはっきりしない不調や、慢性的に続く症状に対しては、身体全体のバランスを捉える東洋医学の視点が、有効に働くことがあると実感しています。
そうした経験を重ねる中で、「東洋医学を通して、これまで改善しなかった人の助けになれる可能性は確かにある」と感じるようになりました。
私自身の治療も、強く何かを「変える」というより、乱れてしまった心身のバランスを、少しずつ自然な状態へ戻していくような感覚を大切にしています。
ニュージーランドで続けてこられた理由は?
ニュージーランドでの生活や鍼灸の仕事を、「やめよう」と思ったことは、不思議と一度もありません。
これまで鍼灸一筋でやってきたので、自分の中では、やめるという選択肢そのものが、あまり現実的ではなかったのかもしれません。
もちろん、大変なことは数え切れないほどありました。
その都度、一人で踏ん張ることもあれば、家族と支え合いながら乗り越えることもありました。
そして不思議なことに、本当に苦しいタイミングになると、必ず誰かが手を差し伸べてくれたんです。
しかも、毎回同じ人ではありませんでした。
その時々のフェーズごとに違う人たちが現れ、まるでバトンを渡すように、私たち家族を支えてくれました。
そうした思いやりのある人たちとの出会いが、「ここで続けたい」と思う理由になっています。
当時は本当に大変だった経験も、今振り返ると、「あの時があったからこそ」と思える大切な記憶に変わっています。
私は、人が好きなんだと思います。
困難の中にいる時ほど、人とのつながりや、支えてもらえることのありがたさを強く感じます。
だから苦境に直面しても、「この先に、また何か良い出会いがあるかもしれない」と思いながら、ここまで続けてきました。
なぜ、他の鍼灸師のビザまで支えたのですか?

もともと、私はその鍼灸師のことを知りませんでした。
患者さんから、クイーンズタウンの老舗カイロプラクティッククリニックが突然倒産し、そこで働いていた鍼灸師が、仕事とビザスポンサーの両方を失ってしまうらしいと聞いたのが始まりでした。
最初は、ビザスポンサーになってくれそうな別の企業を紹介できればと思い、彼女に連絡を取りました。
しかし、彼女がさまざまな企業へ連絡しても、新しいスポンサーがなかなか見つからないという話を聞き、改めて自分に問いかけました。
「自分自身がスポンサーになるという選択肢を、本当に考えたのだろうか」
「責任やリスクを、無意識に他の会社へ押し付けていただけではなかったか」
そう自問自答した結果、彼女のビザを支援することは、彼女にとってだけでなく、自分のビジネスや、自分自身の人生にとっても大きな挑戦になると感じました。
そこで思い切って、初めて外国人の雇用に踏み切りました。
私の仕事は、レストランのように大人数のチームがいなければ成立しない業種ではありません。一人でも継続できます。
だからこそ、人を雇うことは、自分にとってかなり大きな変化でした。
ただ、実際に彼女を雇用したことで、本当に多くのことを学びました。
起業3年目という早い段階でこの経験ができたことは、自分にとって非常に有益だったと感じています。
一人で回る事業に人を入れて、何が変わりましたか?
起業してからの数年間、私は自分の名前をビジネス名に入れ、かなり属人的な形で事業をつくってきました。
新しい鍼灸師を迎えることは、これまで私との信頼関係で来てくださっていた患者さんに、「別の施術者」を紹介することでもあります。
やり方を間違えれば、これまで築いてきた信頼を壊してしまう可能性もあると感じていました。
そのため、患者さんへの伝え方や引き継ぎについては、とても繊細に配慮しました。
一方で、彼女がこのタイミングでビジネスに入ってくれたことには、とても大きな意味があったとも感じています。
それまでは、基本的に自分一人で、時々妻に手伝ってもらいながら運営していました。他人にビジネスの内部を見られることは、ほとんどありませんでした。
新しいスタッフが入ったことで、今まで「自分の感覚」で回していたことや、「自分だけが分かっていれば成立していたこと」を、仕組み化、ルール化、システム化しなければならないと気づきました。
これは、自分一人の労力と感覚で成立していたビジネスから、次のフェーズへ進むために必要な経験だったのだと思います。
新しく迎えた中国出身の鍼灸師は、とても真面目で、几帳面に仕事をしてくれます。
だからこそ、自分では気づいていなかった未熟な部分や、不十分な部分を、率直に、そして純粋に指摘してくれます。
そういう意味でも、彼女と一緒に働くことができて、本当に良かったと感じています。
これもまた、人生のタイミングの中で、必要な人と出会えたということなのかもしれません。
E-bikeでの訪問施術は、どう生まれたのですか?
5月の初め頃、ニュージーランド政府に関連する情報の中で、将来的な燃料供給リスクや、購入制限を想定した枠組みについての案内を目にしました。
それをきっかけに、初めて深く考えました。
「自分のビジネスは、どれくらいガソリンに依存しているのだろう」
私は地方に住んでいるため、通勤には車を使います。患者さんも、ほぼ全員が車で来院します。
その構造を見つめ直した時、自分の鍼灸ビジネスも、ガソリンへの依存度が高いモデルだと気づきました。
そこで次に考えたのが、「もし、ガソリンに依存せずに鍼灸を提供するとしたら、どのような形になるだろう」ということでした。
そこから生まれたのが、E-bikeに特別なマッサージテーブルを積み、患者さんの自宅へ訪問する「Nomad Acupuncture」のアイデアです。
大きな荷物を積めるBennoのE-bikeと、空気で膨らませて使用する施術用テーブルを組み合わせることで、「ガソリンを使わない往診」が、少しずつ現実になっていきました。
その後はAIと壁打ちをしたり、実際に往診エリアのコミュニティに住む患者さんへヒアリングをしたりしながら、プロジェクトを具体化していきました。
私は、頭の中で考えたアイデアを、現実世界に透過させていくことが、とても好きなんです。
今回も、自分の中にあったイメージが、実際の風景として形になっていくことに、大きな喜びを感じています。
現在は週に1日だけ、この新しいプロジェクトを試験的に運営しています。
訪問施術という特性上、メインのクリニック事業のような安定した売り上げには、まだ至っていません。
それでも、将来的にガソリン不足や移動制限などが発生した際、このプロジェクトが代替的な地域医療インフラとして機能する可能性を持っていると感じています。
次の事業では、何を変えたいですか?
自分のキャラクターを強くビジネスに反映させることは、属人的に事業を行ううえでは、とても有効だと思っています。
個人の世界観や価値観に共感し、来てくださる患者さんも多くいます。それは、小規模なビジネスにとって大きな強みです。
ただ、スタッフに仕事を任せたり、店舗を展開したりすることを考えると、自分の色が強すぎることで、そこで働く人が「自分らしく働けない」と感じることもあるのではないかと考えるようになりました。
そのため最近は、「自分自身」を前面に出すというより、サービスそのものに強い特色や差別化を持たせた方が、再現性が高いのではないかと考えています。
その方が、スタッフも自然に事業へ溶け込みやすくなるかもしれません。
次のステップで、私がより経営者としてビジネスに関わるとしたら、「誰か一人の才能」に依存する形ではなく、チーム全体が自然に機能する仕組みや空気を大切にしたいです。
高校時代から、自分より才能のある人をたくさん見てきました。
だからこそ今は、一人の才能だけに頼るのではなく、それぞれが持つ武器を生かせる場所をつくることにも関心が向いているのかもしれません。
Daisukeさんが、クイーンズタウンにいる理由は?
最初は、本当に成り行きでクイーンズタウンへ来ました。
右も左も分からないまま、必死に生活していました。
そんな中で、周りの人たちに見いだされ、必要としていただき、鍼灸師として今日まで生きてくることができました。
その一方で、家族で海外へ移住する大変さも、数え切れないほど経験しました。
そのたびに、本当にたくさんの人たちに支えられてきたと思います。
本音を言えば、「なぜ自分が今ここにいるのか」を、まだ完全には言葉にできていない気もします。
ずっとここにいるべきなのかも、正直分かりません。
でも逆に、ここを離れたい理由も特にないんです。
なんとなく、ここに居続けている。
ただ、その「なんとなく」の中に、10年かけて築いてきた人とのつながりや生活、コミュニティへの思いが、少しずつ深く、温かくなっている感覚があります。
今振り返ると、自分は最初、この土地に「生存するため」に来たのだと思います。
自分が生きられる場所、自分の価値を発揮できる場所を探し続けた。その延長線上に、クイーンズタウンでの生活がありました。
でも気づけば、この10年の中で、たくさんの人の優しさに触れました。
その積み重ねによって、後から少しずつ、この土地と地域の人たちへの愛着が育っていったように感じています。
だからといって、ここを「運命の場所だ」と強く言い切れるわけではありません。
それでも、この土地で出会った人たちや、積み重ねてきた時間が、私と家族にとって、かけがえのない財産になっています。
そして、この町が、自分たちにとって、とても大切な場所になり始めていることも事実です。
これから先、この町での生き方に、もっと楽しさや意味を見いだすことができたら、自分の人生も、家族の人生も、さらに豊かになっていくのではないかと思っています。
編集後記
「これもまた、人生のタイミングの中で、必要な人と出会えたということなのかもしれません」
この言葉が、特に心に残りました。
振り返ればDaisukeさんの歩みは、思い描いた通りに進んできたというよりも、挫折や困難の先で出会った人たちに支えられ、そのたびに新しい道が開かれてきたように感じます。
自分が生き残れる場所を探してクイーンズタウンへ渡り、今では誰かがこの場所で生き残るための手を差し伸べる側になったDaisukeさん。
人生の転機は、大きな決断だけではなく、その時に出会った誰かによって生まれることもあるのかもしれません。
Daisukeさん/Te Taira Acupuncture
クイーンズタウンで鍼灸院「Te Taira Acupuncture」を運営。年間2,000件以上の施術を手がけ、数週間先まで予約が埋まる鍼灸院を築く。2019年から2026年まで「Aro Hā Wellness Retreat」に鍼灸師として勤務し、世界各国から訪れるゲストへの施術を担当。現在は外国人鍼灸師を雇用するほか、E-bikeを使った訪問施術「Nomad Acupuncture」にも取り組んでいる。
※本記事は2026年8月に取材したものです。肩書き・所属等は取材当時の情報です。
NZDAISUKI ACHIEVERS
起業支援・ビジネスコンサルティング・M&A支援を行う伴走型コンサルティング会社。
起業家マインドの育成から商品設計、マーケット調査、現地での実践的なビジネス戦略まで幅広く対応。
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