“オールブラックスの強さの秘密は、小さい頃から受けてきた教育に関係があるのか。” コラムの最終回にあたり、私が感銘をうけたニュージーランドの教育方針や考え方についてお伝えします。
12回にわたって書かかせていただいたコラム「ラグビー王国ニュージーランドの教育事情」も、今回が最終回となりました。読んでいただき、ありがとうございました。
最終回は、私がニュージーランドにきて素晴らしいと感じたニュージーランドの教育方針や考え方について、日本で自分が受けてきた教育との違いを含めてお伝えします。
1.自分はどうしたいのか。- 自分の考えを持ちそれを表現することが重要。
ニュージーランドに暮らして、日本とは少し違うと思うところがあります。
日本では周囲の人たちとの調和を大事にするためか、「みんなはどうしているのか。」を自分のとるべき行動の重要な判断基準にすることが多く、ニュージーランドでは、「自分はどうしたいのか。」を自分の行動の判断基準にしているような気がします。
複数の選択肢があった場合、何かを迷っている場合、何か問題が起きて困っている場合も含めて、ニュージーランドでは「あなたはどうしたいの?」とよく聞かれます。
「あなたはどうしたいのか?」と質問された際、感心するのは、ニュージーランドでは小学生の子どもたちでも「私はこうしたい。」と自分の希望を言葉でしっかりと伝えられる子が多いことです。
また、「ちゃんと言葉で言わないといけない。」ともよく言われます。例えば、ある男子生徒が怪我をして肩を痛めているのに、我慢してラグビーの練習に参加していたとします。日本では、コーチやチームメイトなど周りの人間が察して、「痛いのか?」「大丈夫か?」「休むか?」と聞いてくれることもありますが、こちらでは、自分で言わない限り、周りの人間が察して、自分の行動に対してアドバイスをしてくれることはありません。「言わないとわからないから、何か問題があるときは、自分で必ずそれを先生などしかるべき人に伝えなくてはいいけない。それは必ずしなくてはいけないことだ。」とよく言われます。その男子生徒も「肩が痛いですが、練習には参加してみようと思います。」とコーチに練習前に伝えていれば、「今日は休んだほうがいい。」とか「じゃ、激しいコンタクトの練習は見学しているといいよ。」などコーチもアドバイスができます。仮にこの生徒が練習の後、さらに肩の痛みが悪化してしまった場合、ニュージーランドでは「なぜ、コーチに伝えなかったのだ?」と言わなかった本人の責任を問われます。高校生なら、自分の言葉で自分の意思を伝えられなければいけない、という共通認識があるからです。
別の見方をすれば、「自分はどうしたいのか」を重視しますので、学校生活においても、自分の意思で決められることが日本よりも多いように思います。みんな一緒であることを求められることが少なく、ルールの範囲内であれば、子どもたちが自分の意思で、参加するかしないかを決めてもよい場合が日本よりも多いかもしれません。
自分の考えを持つこと、そしてそれをきちんと人に伝えることが、ニュージーランドでは求められています。
2.ほめる教育。罰でなく拍手を与える。
高校でのラグビーの授業や練習、また子どものサッカーなどスポーツチームの練習をみていて思います。コーチは、生徒たち、子どもたちをとてもほめます。
スポーツの練習において、良い判断をして、良いプレイをした生徒には、必ず名前を呼んでほめます。「○○!良い動きだ!」「△△!今の判断は良いぞ!」というふうに。
また、「今のプレイはとてもよかった」とみんなで拍手をすることもあります。よくないプレイをしかったりすることも、ミスすると腕立てふせ○回のような罰を与えるようなこともあまりありません。よくないプレイをした場合は、なぜそうしたのかを本人に聞き、判断の間違いがあればそこを正します。
学校でも、子どもたちの良いところや優れたところを見つけて、それを伸ばすような教育をしているように思います。
学業やスポーツに秀でた子が高く評価されるのはもちろんですが、アート、ドラマ、マオリパフォーマンス、ボランティア、リーダーシップ、フレンドシップなど、評価対象となる項目がとても多いのもニュージーランドの教育の特徴のひとつです。
個人の良いところをいろいろな観点からみつけて評価してくれるように思います。
3.大切なことは、基本スキルを身につけた上でのディシジョンメーキング。
ニュージーランドでは、なにか行動を起こすときに、Decision Making=ディシジョンメーキング(意思決定、判断)がとても重要だと教えられます。
例えば、ラグビーの試合でのディシジョンメーキングについては、強豪高校ロトルアボーイズハイスクールのラグビーダイレクターのナリムさんが、このように言っていました。
「より良い選手になるための、勝つための、成功の鍵は「Basic Skills(基本)」にあるのです。パス、キャッチ、キック、ランなど基本的な動作に焦点をあて、基本に忠実に行うことを心がけてください。一番重要なことは、いつでも一番基本的なところに帰依するのです。」
「基本的な正しいスキルがしっかり身についたら、次に大事なことは、Decision Making(ディシジョンメーキング=意思決定)です。どのタイミングでどう判断し、どう動くのか。瞬時に判断して動くことが必要です。しっかりした基本スキルを身につけた上で、正しいディシジョンメーキングができないといけません。コーチがしなければいけないことは、正しい基本スキルと正しいディシジョンメーキングの仕方を教えること、そして間違いがあるなら、それを修正することです。」
また、このような例もあります。
ニュージーランドの高校のフィールドトリップなどの自由行動時間の前には、先生は生徒に「ここに行ってははいけない。これをしてはいけない。」など細かく指示するのではなく、「自分がどのように行動すべきか、正しいディシジョンメーキング(判断)をしてください。きみたちが、正しいディシジョンメーキングをすることを信じています。」という言い方をします。
ニュージーランドでは、正しいディシジョンメーキングをするための考え方や判断基準という「基本的なスキル」を、子どもたちの頃から親や先生やコーチに教えられながら育っていくように思います。
高校生ぐらいになると、基本的なスキル(判断に必要な考え方や判断基準)は身についてきます。その上で、何か行動を起こす時にどういうディシジョンメーキングをするのかが問われるのです。
4.正解はひとつではない。
ニュージーランドでは、グループワークやディスカッションをよく行います。学校でも、「このことについて、グループで話し合ってみよう。」という形態の授業をよくします。
日本で生まれ育った私は、そういう話し合いの後に、どうしても「何が一番よい答えなのか」「どうするのが一番よいのか」と正解を求めてしまいます。
しかし、ニュージーランドでは、学校でのグループディスカッションや、保護者会なども含めて、みんなどんどん自分の意見を言いますが、「正しい意見はこれです。」というジャッジはしません。「どれが一番いいと思いますか?」という多数決もとりません。「私は、こう思います。あなたは?そうですか、そんな考え方もあるのですね。」で終わりです。みんながいろんな考えを出し合い、どれが一番正しいということはなく、どの考え方を支持するかは、その人次第、状況次第です。
正解はひとつではないというのは、ここでも「自分はどうしたいのか。」という自主性を重んじるからではないかと思います。いろんな考えがあり、それを尊重しつつ、最終的には自分はどうしたいのか、で判断をします。
「みんなはどうしているのか。」という観点でみると多数決で正解が決まってしまいますが、「自分はどうするのか。」という観点でみると、状況に応じていろんな答えが出てくるのです。
5.リーダーシップを高く評価する。
オールブラックスのキャプテンであったリッチー・マッコウ選手のすばらしいリーダーシップは、小学生の頃からのニュージーランドでの学校教育に関係があるのかもしれません。
ニュージーランドでは、個人の能力を評価する際に「リーダーシップがとれるかどうか」ということを重視しています。
小学校の頃から、リーダーとは何か、優れたリーダーになるのはどのようにしたら良いのか、というリーダーシップに関する教育を受けます。
ニュージーランドの高校でスクールリーダーに選ばれるということは、本人にとっても家族にとっても、とても名誉なことなのです。
6.「It was not our day.」うまくいかないことも受け入れる。
Just it wasn't our day today.(今日は我々の日じゃなかっただけだ。)
何かうまくいかなかったり、失敗したときに、ニュージーランドの人はそのように言います。ツキがなかったという意味です。
「長い人生でうまくいく日もあれば、うまくいかない日もあります。それをそのまま受け入れることも必要です。そのうまくいかなかった経験から何かを学べばいいのです。」とニュージーランドの人たちは言います。
ロトルアボーイズハイスクールが、2016年サニックスワールドラグビーユース交流大会の準決勝で負けたとき、コーチのナリムさんはこのように言いました。「我々がなぜ負けたかというと、南アフリカの高校が我々より強かったからです。強いチームが勝つのです。彼らは、とてもよく訓練されていて情熱のあるチームでした。我々は、あの試合から学ぶことがあったし、それを学んだことでこれからもっと強くなれます。」
7.最も重要なことは、「楽しむこと」
ニュージーランドでは多くの人が「仕事でも勉強でもそれ以外のことでも、重要なことは自分が楽しむこと」だと言います。
小学校の校長先生は、校長として一番重要な課題は、「仕事を楽しむことだ。」と言いました。
高校のラグビーコーチは、「基本スキルとディシジョンメーキングは大事だが、もっと大事なことはラグビーを楽しむことだ。」と言いました。
ポリテクニックのマオリ文化の講師は、「楽しむことが一番重要。ただ、楽しめばよいのだ。もし、その楽しみから、知識やお金や地位など何かを得られたとしたら、それは神様がくれたボーナスだ。」と言いました。
ラグビー王国ニュージーランドの教育理念の根底には、「Enjoy Yourself」の精神が常にあるように思います。オールブラックスの強さの秘密も、もしかしたらそこにあるのかもしれません。
- 上野清子(Seiko Ueno)
- 新婚旅行でNZに魅せられ、1997年に夫婦でロトルアに移住。
- ジュニアからオールブラックスまで、NZラグビーが大好き。
- 娘一人。
- 留学エージェント「キックオフNZ」マネージャー
- モンテッソーリ小学校Trust Chairperson、通訳/翻訳。