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第14回 ニュージーランド医療の問題点

『日本人医師の目からみた、ニュージーランドの医療』の記事一覧へ

最終回の今回は、NZが抱えている医療の問題点を『医師の視点』からまとめました。

以前のコラムの記事に書いた様に、NZの医療には良い点がいろいろあります。
例えば、ニュージーランドのプライマリーケアは、統合的に患者さんを見るという点で優れていると思います。
また、NZでは、日本のように不要な検査をあまり考えなしで行なったり、患者さんを薬漬けにする、抗生物質をやみくもに使う、ということも少ないです。

ニュージーランド医療の問題点

ただ、問題点もたくさんあります。私が研修期間も含め10年以上GPとして働いていて、改善された点も少しはありますが、全体としては問題が大きくなっているように感じます。

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以下に、患者さんから聞かれる問題点や、GPとして考える問題点をあげてみます。

1. 公立病院での待ち時間の長さ

ニュージーランドに住む人なら、すでに慣れてしまっているかもしれませんが、日本からいらっしゃると、公立病院で診療を受けるまでの待ち時間の長さはちょっとショックですよね。
GPから公立病院に紹介されてから、実際に公立病院で検査や外来診療がされるまでの時間は、紹介された理由にもよりますが、数ヶ月から1年が普通です。
悪性腫瘍の疑いがある、というような状況でも1ヶ月以上待つことは珍しくありません。
緊急でなければ、レントゲンの写真を撮るだけでも数週間以上待つのが普通です。(これは地域差があり、私が働くNorthlandはニュージーランドの中でも状況が悪い地域です。)

2. 公立病院での治療の枠・受け入れられる患者数の枠が狭い

最近は、私達GPが病院に紹介状を送っても、断られることが多くなってきました。
悪性疾患を疑うケースが断られることはないのですが、良性疾患の場合は、『DHBの資源に限りがあって、外来で見られる閾値に達していないので、このケースについてはGPからの紹介は受け入れられません』という返事をよくDHBから受け取ります。
この閾値は、だんだん高くなってきた様に感じられます。
その患者さんが、プライベートの専門医を受診できる経済的余裕があればいいのですが、そうでなければこの患者さんはどこへ行けばいいのでしょうか!?

3. GPクリニックがいつもいっぱいで、自分のGPを受診するのに数日待たないといけない

これは、人口が増加に比例してGPの数が増えていかず、人口当たりのGPが足りないということが一番の原因です。
GPの専門医になるより、病院で働く専門医になった方が、給与も待遇もステータスもいいので、若いGPの数が需要を満たすほど増えません。
(収入だけをとっても、公立病院勤務なら、卒業後年が経つほど自動的に年収が上がります。GPの場合はそれがないので、インフレと考えると政府や患者さんからの支払いが増えない限り、給与は下がっていく一方。)
ほとんどのニュージーランドのGPクリニックでは、予約なしで診てもらえるシステムではないので、次のGPの予約枠の空きが何日も、ひどい時には何週間も先という事はありえます。
うちのクリニックは、「当日しか予約できない枠(前もって予約できない枠)」を設け、その日の内に絶対診察が必要な人に当日の診察枠を提供する事を可能にしています。
ただ、そんなに緊急でない問題について事前に予約したい人にとっては、予約できる枠がさらに少なくなってしまっています。

4. GPクリニックの受診料が高くて、受診できない

私のコラムの第3回を読んでいただいた方はわかると思いますが、GPクリニックの受診料は、政府がクリニックに払うキャピテーションの金額に大きく左右されます。
GPクリニックは、日本風に言えば収入に関しては『半官半民』なので、政府がもう少しプライマリーケアにお金を配分してくれない限り、GPクリニックの受診料は下げられないのです(ビジネスとして生き残れなくなるので)。

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解決策は?

1. 政府の医療予算の配分の問題

政府がNZ医療を向上する鍵は、医療に関する予算、その配分、効率をいかに改善するかということにある、と私は思います。
病院レベルのセカンダリーケアにさらにお金が必要なのは、誰もが実感として感じやすいと思います。
例えば、病院にもっとお金があれば、医師を雇って手術の待ち時間を少なくできるとか、いう事ですね。
でも、プライマリーケアにも同じ事が言えるのです。
「プライマリーケアに$1費やすことで、セカンダリーケアの$10をセーブすることができる」と私の同僚のGPがよく言っています。
「$1」と「$10」の根拠がどこにあるのかは知りませんが(彼も知りませんでした。笑)、アイデアとしては、プライマリーケアに十分な予算を回し、病気の予防やコントロールを十分にすれば、患者さんが病院の救急に運ばれたり、専門医にかかったり、手術が必要になったりして必要な医療費を減らす事ができるという意味です。
すべての疾患には当てはまらないかもしれないですが、心血管疾患とか糖尿病とか、骨粗鬆症、肥満、精神病など、私の考えられる範囲でもかなりのものがあります。

2. 政府がプライマリーケアの重要性に目を向け、GPの数を増やす努力をする

ニュージーランドの人口が増加し、特に高齢化しているのに対して、GPの数が増えていかないという事が、これから先のニュージーランドのプライマリーケアの大きな問題になってきます。
2017年にGPを対象に行った調査によると、2020年までに27%のGPが、2025年までに47%のGP(=1850人のGP)が引退を予定しています。
政府が、GPトレーニングに補助を出すのは1年に200人分ほど。それに加え、若い人に魅力のないGPの職は、研修を希望する人も減ってきています。
1年に最低でも300人GPが増えないと、ニュージーランドの人口の増加とGPの引退による減少に追いついていけないのです。
私の働くクリニックでも、大半のGPがあと5年以内にだんだん勤務時間を減らすか、引退する可能性が高いです。
最近2人のGPがクリニックを辞めたため、クリニックは新しい患者さんの受け入れを止めざるをえませんでした。
看護婦さんも不足しています。
これが僻地に行くと、さらに状況は厳しいです。GPが辞めると、クリニック自体が閉鎖されてしまうという事もあります。
そんなに僻地でなくても地域によっては、新しくある町に移ってGPに登録しようと思ったら、ほとんどすべてのGPクリニックが新患者の受け入れをしていない、なんて事があり得るのです。
プライマリーケアのGPの存在があってこそニュージーランドの医療システムが成り立っていることを政府が再認識して、状況を改善する努力をしてくれる事を願っています。

3. GPクリニックのシステムを変える

これは少しずつ変化が起こっています。
例えば、

  • 電話でトリアージュ(問診をして医師・看護師が重症度・緊急度を判断)をして、診察に来ないといけない人を減らす
  • GP以外の職種(例えばナースプラクティショナー)が医師の仕事の一部を受け持つ
  • オンラインで診察ができるようにする

などです。

最後に

このコラムの記事を読んでくださった方、3ヶ月強に渡りお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
最後はちょっとネガティブな記事内容になりましたが、ニュージーランドの医療には優れている点もたくさんあります。
私のコラムが、ニュージーランドの医療とGPの役割を理解する助けになり、みなさんがより上手にニュージーランドの医療を利用できる事を心から願っています。

私のブログ https://nzdoctor.net は、これからもみなさんの役に立つ記事を随時更新していく予定です。みなさんの健康を改善するためのプロジェクトも予定しているので、興味のある方は時々覗いてみてください。

野田のりこ (Noriko Noda)
 
日本で外科医として勤務後、2002年にNZへ移住。
NZでも医師免許を取得。現在General Practice 専門医として働く。
音楽やクラフトが趣味。
 
ブログ
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