コーヒー豆のポテンシャルを最大限に引き出すのがバリスタの役目です。
カフェ文化が発達し、世界的にも高い評価を受けているニュージーランドのコーヒー。そんなこの国のコーヒー業界で国内ナンバーワンのスペシャリストとして活躍しているのが日本人バリスタのハナ・テラモトさん。ニュージーランドのコーヒーのレベルをますます高めるべく躍進を続ける彼女に話を聞いた。
ニュージーランドでコーヒーの奥深さに目覚める
ニュージーランドを訪れたことがある人はこの国のいたるところにカフェがあり、そのレベルが非常に高いことに驚かれるだろう。ニュージーランドには日本でおなじみの大手チェーンも存在するが、それよりも個人経営もしくは国内チェーンのこじんまりしたカフェが多く、それぞれが個性豊かで魅力的だ。特に首都ウェリントンはアメリカのメディアCNNから「世界8大コーヒーの街」に選ばれたほどのカフェタウン。居心地のいいカフェでおいしいコーヒーをいただきながらのんびり過ごすのも、ニュージーランドを旅する醍醐味のひとつだろう。
そのニュージーランドで2014年の国内バリスタチャンピオンとなったのが、日本人のハナ・テラモトさん。シドニーと日本を行ったりきたりしながら育ったハナさんは、「自分らしく生きられる場所」を求めて海外移住を決意。2007年、IT技術者の夫とともにニュージーランドへ移り住んだ。今や国内のカフェ業界ではかなりの有名人となった彼女だが、この国へ居を移すまでバリスタはおろかカフェなどのホスピタリティ業界で働いた経験もなかったそうだ。
「日本では私も夫と同様にシステムアドミニストレーターをしていました。でも、昔からカフェが好きで、いつか自分のカフェを開きたいという漠然とした夢を持っていたんです。ニュージーランドに来て、夫はそれまでと同じようにITの職に就きましたが、私はせっかくだからカフェ開業を目指そうと思い、まずは勉強のためにとカフェに就職し、そこでコーヒーの奥深さに開眼しました」
当初は“カフェで働くこと”を目的としていたハナさんだが、ほどなく“バリスタとして上を目指す”が目標となった。技術を磨き、知識を蓄え、経験を積んでドンドンレベルアップしていったという。
「駆け出しの頃はフロントオブハウス(接客担当)兼バリスタで採用されていましたが、力をつけてバリスタとして雇ってくれるカフェに転職しました。ロースタリー(コーヒーの焙煎設備を持つ会社)のあるカフェのヘッドバリスタとして働けるよう、キャリアを重ねていきました」
2008年、クライストチャーチのカフェでヘッドバリスタとして働いていたハナさんは、同市大手のロースタリー「Vivace」のアカウントマネージャーから強い推薦を受けて同社のインハウス・コンペティションに出場することとなった。最初は迷ったというが出てみたところ見事優勝。翌2009年3月のニュージーランド・バリスタチャンピオンシップにも参戦することになり、初挑戦ながらクライストチャーチ地区で5位を獲得したという。
「その結果を受けてVivaceから誘われ、同社併設のエスプレッソバーで働くようになりました。コンペが大きなステップアップにつながったんです」
エチオピア産の豆を使い、NZ大会で優勝
2009年末に待望の永住権を取得したハナさん夫妻は、2010年早々、夫の仕事の関係でオークランドへ引越し。ハナさんはノースショアのカフェで働き始めたが、そこでかなりカルチャーショックを受けたと話す。
「クライストチャーチとオークランドではフラットホワイトのカップの大きさの基準も全然違うし、何よりもクオリティを犠牲にしてもスピードを求められたことに衝撃を受けました。それで自分には向かないと思って一旦仕事を辞めた後、今度はマイクロロースタリーのスペシャリティコーヒー専門店に就職しました。そこで1年働き、2012年にコンペに復帰しました」
ところがその際はコンペ当日にグラインダーの不調に見舞われ、全国7位という結果に。評価されるべきランキングではあるが、ハナさん自身は納得がいなかったため、2013年に再挑戦。国内2位の座を得た。
「2013年の大会後すぐに翌年もコンペに出ることを決めました。なぜかというと同年の優勝者はウェリントンの著名なバリスタ、ニック・クラークだったのですが、彼は世界大会でも5位をとっている実力者なんですよ。その彼にニュージーランドで一番近い位置にいるバリスタが自分なんだと思ったら俄然闘志が湧いてきたんです」
2014年の大会に出場したハナさんは、コンペのためにエチオピア産の豆を選択。後から振り返るとこれはかなり難易度の高いチョイスだったそう。
「私自身が一番好きな豆がエチオピア産なので選びました。とても香りが豊かな豆なんですよ。エチオピアはコーヒーが誕生した土地で、ほかの生産国とは違ってよくわからない品種の樹が自然に生えているんです。それで手に入れた豆をそのまま焙煎に回したのですがなかなかうまくいなかくて。混在していた豆のサイズを分けて別々に焙煎し、配合によって自分好みの味を作り上げたんです。お金も時間もすごくかかって大変でした」
一方、ライバルのニック・クラークは2013年12月にコロンビアのコーヒー農園でファームステイを体験したという。ハナさんはニックのように農園に行けるような恵まれた環境にはいないが、その代わり“バリスタ本来の仕事”に集中することを心がけた。
「コーヒー農園に行ってさまざまな体験をするとコーヒーに対する理解も深まるし、素晴らしいことではあります。でも“そうしないとおいしいコーヒーは淹れられないのか? お金のないバリスタは上にはいけないのか?”という疑問があります。私にはコーヒー農園に行けるような資金はない。でもバリスタの本分は与えられた豆のポテンシャルを最大限に引き出すこと。どうしたらこの豆が一番おいしく、薫り高くなるのか。それを懸命に考え、コンペでもその点をアピールしました」
その結果、ハナさんは強豪ニックを破って優勝に輝く。オークランド地区からチャンピオンを輩出したのはこの10数年で初めてのことで、地元のコーヒー業界も大いに沸いたそうだ。
「ニュージーランドではずっとウェリントンがトップでした。でも私の優勝でオークランドは勢いづきました。オークランドのカフェは今、熱いですよ」
コーヒー全体のレベルアップを目指す専門職に就任
ニュージーランドのバリスタチャンピオンとなったハナさんは2014年4月、シンガポールで開催されたアジア・オセアニア大会でも優勝。6月にイタリアで行われた世界大会に出場した。
「結果は17位でしたが、いい経験になりました。優勝したのが日本の丸山珈琲のバリスタ、伊崎英典さんということも同じ日本人として誇らしいです。ただ、世界大会で上位を狙うには会社のサポートも必要ですし、お金もかかるし、そういう意味ではニュージーランドの企業はどこも小さいので難しい面があります。ほかの出場者は専任コーチがいたり、コーヒー農園で自分の豆を自分で収穫したりしていますから。私にはもちろんコーチはいないし、サポート要員も夫だけでしたし(笑)。ただ、大会の感じはつかんだので、また再挑戦したいと考えています」
コーヒーに魅せられ、バリスタとして国内トップに上りつめたハナさんは、次なるステージに目を向け、国内大手ロースターのMojoに転職。今度は単なるバリスタではなく、コーヒースペシャリストというこれまでになかった職種だ。
「Mojoに声をかけていただき、“どんな仕事がしたいの?”と聞かれたので“私の技術やポテンシャルを活用してくれる会社で働きたい。ただのバリスタとして店頭に立っているだけではもう満足できない”と伝えたんです。それでコーヒースペシャリストになったんですけど、これはどういう役目かというと、Mojoの各店舗に一人ずつコーヒーキャプテンと呼ばれるバリスタを決め、彼らを一堂に集めてワークショップを開催したり、ウェリントンにあるMojo本部の方々と協力して現在使っているコーヒーの見直しや新しく仕入れるスペシャリティコーヒーを選定したり。つまりこの会社全体のコーヒーの質を向上させるというやりがいのある仕事です。10月から始まったばかりですが、すごく面白いです」
ニュージーランドのコーヒーの第一人者となった今も、常に最新情報に目を光らせ、彼女自身のスキルを磨くことも欠かさないハナさん。彼女が牽引するこの国のカフェ業界は、ますますその実力を増していくことだろう。
Hanna Teramoto
はな・てらもと●東京都生まれ、シドニー&埼玉育ち。
両親の仕事の関係で日本とシドニーを行ったりきたりしながら育つ。日本でシステムアドミニストレーターとして働くが、結婚後、「自分らしく生きられる場所」を求めて海外移住を決意。IT技術者の夫とともに2007年にニュージーランドへ渡る。同年クライストチャーチでカフェに就職し、コーヒーの奥深さに目覚める。バリスタとして腕を磨き、2008年11月、クライストチャーチのロースタリー「Vivace」のインハウス・コンペティションで優勝。2009年3月にニュージーランド・バリスタチャンピオンシップに初出場し、クライストチャーチ地区予選で5位になる。同年終盤にニュージーランドの永住権を取得し、翌2010年、オークランドへ移る。
オークランドのスペシャリティコーヒー専門店でバリスタとして勤務しながら、2012年にコンペに復帰し、全国7位となる。翌2013年の同大会では2位となり、今年2014年3月にウェリントンの著名なバリスタ、ニック・クラーク氏を破って1位に輝く。4月のアジア・オセアニア大会でも優勝を飾り、6月には世界大会に出場。17位となる。
2014年10月、ニュージーランドの大手ロースタリー、Mojoのコーヒースペシャリストとなり、これまでの知識と経験を活かしてバリスタのトレーニングや会社全体のコーヒーのレベルアップに努めている。2016年には再びコンペに参戦する予定。