
Interview vol.16
オールブラックス監督
グラハム・ヘンリーさん
I can do it! 自分を信じることが勝利につながる
ラグビーコーチとして国内はもとより国外でもその業績が高く評価される、グラハム・ヘンリー。世界のラグビーシーンを動かしてきた一人の男の、ラグビーに賭ける情熱に迫った。
(Quarter 2004年秋号より)

2003年12月18日、ニュージーランド・ラグビー・ユニオン(NZRU)が、次世代のオールブラックスを率いる新監督を発表した。かつてヨーロッパでどん底の状態にあったウェールズ代表を立て直したグラハム・ヘンリー氏が、2年契約で黒衣の集団の指導者として立ち上がった。
オールブラックスの監督になることは長年の夢だったと語るヘンリー氏。彼はその夢を一体いつごろから追い求めてきたのだろう。
子どものころ、引き出しの中に忍ばせていたというウィッシングリスト。当時書きつづった目標とする将来の自分像や夢の中に、すでに「オールブラックスの監督になる」ことが記されていたんだ、と少し照れながら明かす。
「監督に任命されたことは非常に光栄だ。これまでラグビーのコーチングに携わってきて、ずっとオールブラックスの監督になりたいと願っていたので、今は最高に幸せな気分だよ」
当時は協会が定めた規定により、外国の代表チームの監督を務めた経歴がある者には、オールブラックスでの活躍の道は閉ざされていた。1998年にウェールズ代表の監督に就任する際、オールブラックス監督の座を一度はあきらめたというヘンリー氏の夢が、この日ついに現実となったのである。
現在のオールブラックスをヘンリー氏は冷静に分析する。
「プレーにおける技術面は非常に優れているが、持久力に欠ける上、自信のなさがうかがえる」
“新生”オールブラックスに必要なのは、精神面の強化――彼の言う“精神的な強さ”とは、「自分にはできる」という確信を持つことだという。
「チームの外壁を固めるコーチ陣は、『自分たちにはできる! 自分たちには試合に勝つ自信がある!』ということを、プレーヤーに繰り返し言って聞かせる必要があるんだ」
また、チームの勝利は、選手だけでなく、監督や助監督、医師、マネジャー、フィットネスコーチなどといった多くの人たちの協力をなくしてはありえないものだという。とかく選手だけが脚光を浴びがちなスポーツだが、F1レースと同じように全体的なチームワークによってラグビーは成り立っている。そこに着目する同氏は、監督就任以来、着実かつ迅速に体制を固めつつある。2月17日には、ヘンリー氏自らが強くアプローチしたというスティーヴ・ハンセン氏とウェイン・スミス氏の二人を助監督に迎え、現在は選手を含めた人選の真っ最中だ。
オークランドの高校で体育教師を務めた後、27歳でラグビーのコーチングを始め、オークランド地区のチームを率いてきた彼のキャリアはすでに30年を超える。
一方、「選手としてのレベルは平均並みだった」と謙そんするヘンリー氏。実際にプレーするよりも指導に携わる方が面白味がある、といきいきと語る。
「私にとってコーチングとは、達成したいことやビジョンを描いた一枚の大きな絵のようなもの。勝つというビジョンに向かって、一つひとつ達成していきながら、選手一人ひとりに教授・指導することに喜びを感じている」
目標を達成するという充実感をコーチングに見い出したヘンリー氏。さらに、選手との関係で最も大切なものは“リスペクト”だと強調する。
「コーチングにおいて大切なのは、何といっても選手との密接なコミュニケーション。気持ちが伝われば、お互いを尊敬しあう心も生まれてくる。人として、選手として相手を尊敬すること。そうしないと選手もついてこないからね。両者の間に良い関係を築くことが、まず大切なんだ」
日本でも同氏のコーチングスキルに対する評価は高い。1989年と2002年の二度にわたり、早稲田大学のラグビー部を指導するため来日した経験を持つヘンリー氏。同大学はその2回とも全国大学ラグビーの王座に輝いている。
「早稲田の選手は非常に優秀だ。彼らは知的である上に練習にも熱心で、吸収しようという意欲に満ちあふれていた。教えていて楽しかったね」
言葉の壁にぶつかりながらも、通訳を通さず、ボディーランゲージを使って直接指導するというスタイルにこだわった。取材中も、ゆっくりと丁寧に、そしてまっすぐに目を見て話し続けるヘンリー氏。人の心をとらえるひたむきな熱意が感じられる。
早稲田大学を離れるときに、各選手一人ひとりに手紙を送ったというエピソードもある。
「選手各々の優れた点と、強化しなければならない点を書いて渡したんだ」
長所を引き出し、彼らの能力を伸ばそうとするそのやり方は、多くの選手に自信を与えたに違いない。褒められることに慣れていない日本人にとって、ヘンリー氏のアプローチは新鮮であったと同時に、非常に効果的であったことは、同大学の二度にわたる優勝という実績をみれば一目瞭然だ。このような話が広まり、日本ではヘンリー氏のカリスマ性に一目が置かれている。
「それはちょっと褒めすぎだよ」
国内外で奇跡を起こしてきた名監督が、一瞬照れくさそうに笑った。
「試合にはもちろん勝ちたい。でも『勝たなければならない』と思うことはプレッシャーにつながる。だから、勝つことだけを考えるのではなく、できる限りのベスト・プレーを心がけることが肝心なんだ。そうすれば、きっと勝利につながるはず」
オールブラックスのベスト・ラグビーというものをチーム一体となってやっていきたい、と監督としての抱負を語るヘンリー氏はさらに続ける。
「私には長年のコーチング歴があるし、何よりもこの仕事が好きだから、『私にはできる』という確信がある」
自分を信じる前向きな姿勢を、監督自らが率先して見せる。昨年のワールドカップで残念ながら破れた対オーストラリア戦を見ても分かるように、ゲームの内容よりも結果にシビアなラグビーファンが多いニュージーランド。ファンや協会の大きな期待に応えなければならないというプレッシャーは今後も付きまとうだろう。しかし、ヘンリー氏自らが自分自身に「できる」と言い聞かせるたくましさが、選手をその気にさせる“ヘンリー・マジック”の極意なのではないだろうか。
前ワールドカップを制したイングランドとのテストマッチが行われる6月12日、彼とともに生まれ変わったオールブラックスの活躍に期待したいところだ。
最後に、読者に対してこんなメッセージを頂いた。
「自分の可能性や能力を信じ続けること。目標を達成するためには、必死に頑張ること、そしてあきらめずに続けることが大切だ」
新たな夢に向かってさらなる一歩を踏み出した男の言葉には何ともいえない重みがある。
Graham Henry
ぐらはむ・へんりー●1946年6月8日、クライストチャーチ生まれ。1974年からラグビーのコーチングを始め、オークランドブルースの監督として同チームを2年連続、スーパー12優勝へと導く。1998年には、ウェールズ代表の監督に就任し、チームの建て直しに貢献。2002年2月に帰国した後は、オークランド・ラグビー協会に復帰し、コーチや若手選手、子どもたちの指導に携わる。その間、早稲田大学ラグビー部の臨時コーチとして来日し、約1カ月半にわたって同チームを指導。2003年12月、念願のオールブラックス監督に就任した。
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