
Interview vol.23
K-1ファイター
レイ・セフォーさん
K-1に格闘家人生の全てを捧げている
キックボクシング、空手、カンフー、拳法など、頭文字に“K”がつく打撃格闘技の世界王者を決定するトーナメント「K-1」。1993年に日本で考案され、今や世界的なイベントとなったK-1で長年活躍している主力ファイターの一人が、オークランド出身の格闘家レイ・セフォーだ。来る2008年7月13日、台湾で開催されるK-1ワールド・グランプリに出場する彼に、リングにかける想いを聞いた。

対戦相手に絶えず注がれる鋭い視線。その獣のような瞳が一瞬のチャンスを感知し、次の刹那、強靭な肉体から激しい攻撃が繰り出される。何万人という観客の目が一点に注がれるリングの上で展開する戦いのドラマ。レイ・セフォーは、1997年のK-1デビュー以来、10余年にわたってその舞台に立ち続けている。
「俺が格闘家になったのは、血筋といえるかもしれない。なにしろ曽祖父も祖父も父親も叔父も従兄もボクサーだったからね。子供の時分から格闘技は身近な存在だったよ。初めてボクシング・グローブを手にはめたのは、まだ5歳の時だしね。従兄からボクシングを教わったんだけど、最初はまぁ、単なる遊びだったよね」
幼い頃から格闘技に親しんできたレイは、1980年代半ば、ローティーンで詠春拳(中国武術の流派の一つ)を習い始める。そのきっかけは、ブルース・リーやジャッキー・チェンといったアクションスターに憧れてのことだった。
「男の子って皆そうだと思うけど、俺もスーパーヒーローになりたかったんだ。それまでやっていたボクシングは腕だけで勝負するから、足も使ってみたくなったんだよね。それにカンフーってカッコいいじゃない?」
詠春拳にのめりこんだレイは、さらなる「強さ」を求めてムエタイや柔術の稽古も開始。しかし、この頃はプロのファイターになる意識など全くなかったという。体を動かすことが楽しくてたまらないし、自分がどれだけ強くなれるのか試してもみたい──そんな気持ちで練習に励んでいたそうだ。
「18歳になって、初めてボクシングの試合に出たんだ。KOを奪って勝ったんだよ。そのこと自体も最高に嬉しかったけど、試合後のレフェリーのひと言にはもっと興奮した。あの日の出来事が、俺の人生を変えたんだ」
初戦の勝利に酔いしれる少年時代のレイに、レフェリーがかけた言葉。それは「君はいつか世界チャンピオンになれるよ」だった。
「世界最強の男になれるってお墨付をもらったわけだから、そりゃあ天にも上る心地だったよ。それでもっともっと強くなりたいと思って試合を重ねてね。23歳の時、プロになろうと決心したんだ」
格闘技に専念することを決めたレイは、以後、順調にキャリアを築いていった。95年にI.S.K.A.世界ライトクルーザー級王者、96年にはI.S.K.A.世界クルーザー級王者およびW.K.B.A.世界ヘビー級王者など、数々の国際タイトルを獲得。キックボクシング界では負け知らずのチャンピオンとして知名度を上げていく。そして彼が選んだ次のステップが、日本で誕生した新しい打撃格闘技トーナメント「K-1」だった。
「格闘家仲間から“日本にはこれから盛り上がるK-1っていうトーナメントがある”って聞いて、関係者にコンタクトを取ったんだ。それで初めて日本を訪れたんだけど、すごく印象がよくてね。人々は親切だし、いい国だなって気に入ったんだよ」
当時、K-1はまだ現在ほど認知されておらず、海のものとも山のものともつかなかった。しかし、日本でアンディ・フグ、マイク・ベルナルドなど優れた格闘家たちと出会ったレイは、「ここで戦い、トップになりたい」と強く思ったという。
「世界中から素晴らしいファイターたちがK-1に集まってきたから、これはすごいぞって感じた。K-1で頂点に上りつめたら、それこそ世界最強の男になれるってゾクゾクしたね」
こうしてK-1の道へ進んだレイは、1997年4月29日、「K-1 BRAVES’97」に出場し、強豪ジェロム・レ・バンナと対戦。先制ダウンを奪われるも、試合の終盤に「ブーメランフック」と呼ばれる一撃必殺のフックを放ち、劇的な逆転KO勝ちを収めた。
「あの試合でブーメランフックの印象が強くなったのかな? でも、未だにブーメランフックがフィニッシュブローだって言われるのはちょっとね(笑)。自分ではもうフックが得意技だなんて考えていないんだ。格闘家っていうのは1試合ごとにいろんなことを学んで、そのことを次に活かそうと尽力するものなんだよ。常にさまざまな技を磨かなくちゃ、プロとはいえないだろう? 試合ってある意味、人生と同じだからさ。いい時もあれば悪い時もあるよ。どんなに頑張っても調子が上がらないことだってある。いつまでも同じところにはいられないしね。だけど、昨日より今日、今日より明日はもっと強くなりたい。さらに成長して、進化していきたいと思っているんだ」
ノーガードで不敵な笑みを浮かべながら相手を挑発したり、壮絶なパンチの打ち合いを繰り広げたりと、“魅せる”試合で観客を沸かせるレイ。人一倍のプロ意識を持ち、エンターテイナー精神が旺盛な彼は、自分の能力を高め、ファンにおもしろい試合を見せるための努力を惜しまない。その真摯な姿勢が人気を呼び、K-1での地位を確立。来る7月13日には、台湾で開催される「K-1ワールド・グランプリ・イン・台北」への出場が控えている。
「対戦相手のザビット・サメドフ選手とは初顔合わせだけど、彼はとてもいいファイターだから、俺も気合が入るよ。今は試合に向けて東京の極真会館でトレーニング中なんだ。当日はベストを尽くすのみ。俺の活躍に期待してほしいな」
試合の直前、そして試合中には一体どんなことを考えているのか。そう尋ねると、彼は「もちろん勝つことしか考えていないさ」と即答した。「いつも頭の中にあるのは勝利のことだけ」ときっぱりと言い切るレイ。K-1ワールド・グランプリでの優勝──その大きな目標の達成に、彼は自分の全てを賭けている。
「K-1は俺の全てだよ。格闘家人生のほとんどをK-1に捧げてきたし、これからもそうだよね。だから俺の生活ってすごくシンプルなんだよ。食べて、練習して、寝る。その繰り返しだからさ(笑)」
K-1一色の毎日をおくるレイだが、「映画俳優になる」というもうひとつの夢も持っている。2004年には北村龍平監督作品『ゴジラFINAL WARS』でグレン役(ゲスト出演)を好演。近い将来、再び映画に出演する予定があるそうだ。
「まだ内容は発表できないんだけど、ワクワクしているよ。俺はエンターテインメントが大好きだからね。それでショーやコンサートの公演が多いラスベガスに家を買ったくらいだから(笑)。でも、まずは試合。台北グランプリの後は、9月に韓国で行われるK-1ワールド・グランプリに出るから、しっかりトレーニングしないとね」
レイが目指すのは、「世界最強の格闘家」。その想いが実現する日まで、リングにかける彼の挑戦は終わらない。
Text/グルービー美子(Media 4 New Zealand)
Photo/© FEG Inc.
提供/ニュージーランドの歩き方
Ray Sefo
れい・せふぉー●1971年2月15日、オークランド生まれ。ファミリーの男性のほぼ全員がボクサーという環境に育ち、幼少時から格闘技に親しむ。詠春拳、ムエタイ、柔術を習い、18歳でボクサーとしてデュー。97年からK-1に参戦。ノーガード戦法、ブーメランフックなど、見せ場の多い試合展開に定評がある。主な獲得タイトルはI.S.K.A.世界ライトクルーザー級王者(95年)、I.S.K.A.世界クルーザー級王者(96年)、W.K.B.A.世界ヘビー級王者など。戦績は81戦/62勝/18敗/1分/49KO。「南海の黒豹」という異名を持つ。アメリカ・ラスベガス在住。
レイ・セフォー公式サイト
K-1公式サイト
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