
Interview vol.20
シンガーソングライター
KATさん
多くの人々との出会いが、曲作りのインスピレーションを育む
今年1月、大手薬局チェーン「マツモトキヨシ」の風邪薬のテレビCMが、関東地方を中心にオンエアされた。そのCMに出演し、注目を集めたのが、ニュージーランド出身のシンガーソングライター、KAT(キャット)。ニュージーランド人の父と日本人の母を持ち、オークランド地方で育った女性ミュージシャンだ。現在は日本を拠点に音楽活動を続ける急成長中の大型新人に、話を聞いた。

くるくるとよく動く神秘的な瞳が印象的なKAT(キャット)。アーティスト名のとおり、猫のようにしなやかな彼女は、どこかエキゾチックな雰囲気を漂わせる美しい女性だ。端正な容姿の持ち主だけに黙っていても人目を引くが、ステージに立つとその存在感はさらに増し、のびやかな歌声で視聴者をたちまち魅了する。これまでのステージ回数は延べ400回以上。ニュージーランド、ロンドン、そして日本と、豊富なライブ暦を誇るKATは、舞台上で輝き、観客とハッピーな時間を共有する術を自然と身に着けているようだ。
「幼い頃から音楽に夢中でしたね。ミュージシャンになろうと考えるようになったのは、7歳の時。お母さんが日本のシンガーソングライター、イルカの大ファンで、そのライブを収録したテープを聴いたんです。その瞬間、ライブの光景が目の前に広がるように脳裏に浮かんできて、自分もこんなアーティストになりたいと強く思いました」
音楽に魅せられたKATは、わずか8歳で作詞と作曲を開始。14歳の時にニュージーランド有数の音楽コンテスト「Rock Quest」に参加し、初挑戦ながらオークランドエリアの作詞部門で見事グランプリを受賞した。以後も同コンテストで2度、グランプリを獲得。国内の音楽シーンで、その天才的な才能が知られるようになった。
「高校入学後はロックバンド“Adino”を結成して、ヴォーカルを担当しました。このバンドはとても楽しく、メンバーも実力ある人たちばかりだった。“Parachute”というニュージーランド最大規模のミュージックフェスティバルに4年連続で出演したり、国内各地でライブを行ったりと、プロになるべく頑張って活動していました」
その後、ソロアーティストとして独立したKATは、大晦日のカウントダウンライブ「First Light」をはじめ、国内のメジャーな音楽イベントに次々と登場。2005年からはロンドンと日本で、精力的なライブツアーを敢行した。
「ニュージーランドはマーケットが小さいから、プロになっても音楽だけで生活していくのが難しいんです。それで世界に目を向けるようになったのですが、日本は子供の頃から何度も遊びに来ていて、私にとって馴染みの深い国だし、日本の人々も文化も気に入っていたので、ここをベースにしたいと考えるようになりました」
2006年、KATは活動の拠点を日本へ移した。同年1〜2月には盲目のソウルシンガー、ラウル・ミドンの来日ツアーに参加。4公演にわたってオープニング・アクトを務めるという快挙を達成し、日本でのキャリアを順調にスタートさせた。
日本に居を移してから、さまざまな日本人アーティストとの交流を楽しんでいるというKAT。また、海外からも数多くのアーティストが来日公演を行うため、そうしたライブにもしばしば足を運んでいるという。
「たくさんの日本人アーティストと知り合えることが、音楽面でも刺激になっていますね。また、ライブやキャンペーンなどで、日本各地へ行く機会があるのも嬉しいです。たくさんの出会いを通して、自分自身、人間的にも成長したと実感しています」
以前は英語のみで作詞をしていたが、最近は日本語でも歌詞を書くようになった。人と話している時に曲作りのインスピレーションを得るというKATは、主に自宅の自分の部屋で、ギターを使って曲を書き溜めているとか。オリジナルの楽曲は、すでに約100を数えるまでになった。
「2007年5月には、インディーズから5曲入りのミニアルバムを発表し、日本でのデビューを果たしました。そのうちの1曲は、マツモトキヨシのテレビコマーシャルでも歌った“ナゴリユキ”です。アレンジを変えるだけでなく、英語の歌詞も取り入れていることがポイントです。アーティストを目指すきっかけとなったイルカさんの曲をカバーできるなんて、何だか不思議な気持ちがしますね」
このデビューアルバムは、サウンドプロデューサーに屋敷豪太氏、土屋昌巳氏という日本でも有数のミュージシャンを迎え、レコーディングには朝本浩文氏、根岸孝旨氏らが参加するなど、豪華な顔ぶれで制作された秀作だ。同年9月にはEP「Rock’n roll boys club -e.p.-」を発売。そしてこの4月、大手レコード会社エイベックスの新レーベル、binyl records(バイナルレコード)から待望のファーストシングル「STOP」がリリースされる。
「デビューアルバムにも参加していただいた根岸さんと屋敷さんが、サウンドプロデューサーを担当してくれました。リミックスはDAISHI DANCEさん。先日、ドレッド・ヘアをショートカットにして、ビジュアル面でも大きく変わったので、新しいスタートを感じさせる1枚に仕上がっていると思います」
日本での暮らしを存分に満喫しているKATだが、時にはニュージーランドが恋しくなることもあるという。特に海と夏が大好きなKATにとって、思い立ったらすぐにビーチに行くことができるニュージーランドは、最高の場所だ。
「日本では東京に住んでいるから、すぐに海に行けないでしょう。そんな時、広くて気持ちのいいNZのビーチを思い出しますね。NZにいた頃は、夏は毎週末、海に出かけていたから。それに、東京では星があまり見えないので、NZの満天の星空を思い出すこともあります。今年は1月に帰郷したので、友達や家族とビーチで過ごしました。でも、NZにいると、今度は日本の定食が食べたくなるんですけどね(笑)」
ニュージーランドでの休日で鋭気を養ったKATは、日本に戻ってからますますパワーアップして音楽活動に励んでいる。メディアの取材、レコーディング、そして4月以降のライブの準備にと、忙しい毎日だ。
「昨年、新宿でフリーライブを開催したのですが、観客の皆さんが2000人くらい集まってくれて、とても盛り上がり、とても印象に残っています。これからも人々に希望を与えるような曲をドンドン書いて、いいライブをしていきたい。私の曲を、もっと多くの方々に聴いていただきたいですね」
インタビューの最後に「尊敬するアーティストは誰ですか?」と質問したところ、KATは英国のロックバンド、U2の名を挙げた。作品やライブに対するアグレッシブな姿勢、また、年齢を重ねても変わることのないエネルギーや、バンドのメンバー間の友情が素晴らしいと語る。そして、自分も、彼らのようなアーティストになることが、KATの目標だそう。子供の頃に抱いた希望を叶え、日本で大きく飛躍し続けるKAT。彼女の夢は、まだ始まったばかりだ。
Text/グルービー美子(Media 4 New Zealand)
提供/ニュージーランドの歩き方
KAT
KAT●1月7日、東京生まれ。ニュージーランド人の父、日本人の母とともに、5歳でニュージーランドへ移住。7歳の時、母親の影響でイルカのアルバムを聴き、アーティストになることを決意。8歳から作詞作曲を始め、14歳で国内の音楽コンテストでグランプリを受賞。本格的な音楽活動を開始する。NZ内での活動を経て、2005年よりロンドンと東京でライブツアーを行う。2006年、日本に拠点を移す。日本屈指のロックフェスティバル「サマーソニック」に2年連続で登場するほか、マツモトキヨシ、キリンビバレッジ、ピーチ・ジョーンズなど大手企業のテレビCMに出演し、注目を集めている。
KATオフィシャルサイト
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