
Interview vol.19
コントラバス奏者
池松 宏さん
ゆとりのある暮らしが、音楽を豊かにする
甘いマスクと洗練された音楽性で、国内外に多数のファンを持つコントラバス奏者、池松宏さん。NHK交響楽団の主席奏者を務め、日本有数のクラシック音楽家として活躍していた池松さんが、ニュージーランド交響楽団に移籍したのは、2006年4月のこと。日本とは環境の大きく異なるこの国で、どのような変化があったのか。自然体で人生と音楽を楽しむ彼に、話を聞いた。

ニュージーランドの首都ウェリントンは、豊かな自然に囲まれた美しい港町。世界トップクラスのクラシック音楽家、池松宏さんは、現在、この街を本拠地とするニュージーランド交響楽団(NZSO)で、主席コントラバス奏者を務めている。
日本ではNHK交響楽団(N響)に在籍し、同じく主席コントラバス奏者として同団をリード。その傍ら、ソロ・リサイタルの開催、全国各地の音楽祭への出演、海外の一流演奏家との共演、ソロ・アルバムのリリースなど、華々しく活躍していた。そんな池松さんがNZSOへの移籍を表明したとき、ファンや周囲の人々は大いに驚いたが、本人にとっては、ごく自然な決断だったという。
「N響での音楽活動はとても充実しましたし、自分自身が成長する喜びもありました。しかし40歳を迎えて、多忙を極める毎日には一区切りを付けたいと感じるようになったのです。元来、遊び好きな僕にとって、趣味や家族と過ごす時間がなかなか持てないことは、大きな悩みでした。もっとゆとりを持って、残りの人生を楽しみたかったのです。それでNZSOのオーディションを受けることに決めました」
自然に恵まれた国へ移住することは、池松さんの長年の夢でもあった。桐朋学園大学を卒業した頃から、漠然と「オーケストラに入るならスイスかカナダかニュージーランドがいい」と考えていたという。
「それぞれの国のオーケストラがどのようなものかは、全く知りませんでした。仕事の環境ではなく、生活の環境に憧れていたのです。東京は緑が少なすぎるでしょう。このまま都会で暮らして、忙しく余裕のない日々が続いたら、音楽面にも影響が出ると思いました」
池松さんはそれまでニュージーランドを訪れたことはなかったが、NZSO入団の二次選考の際、初めてこの地を踏んだ。
「オーディションに合格しても、国自体が気に入らなかったら断るつもりでした。ところがニュージーランドは僕の想像以上に素晴らしいところだった。大自然はもちろん、人々が何て親切で優しいのかと感激しましてね。NZSOのレベルの高さや和気あいあいとしたムードにも惹かれ、この国に住もうと決心したんです」
NZSOに移籍してからは、プライベートなひとときをたっぷり楽しめるようになったと語る池松さん。移住後、すぐにウェリントンに住まいを購入し、それからの1年間は、家の壁のペンキ塗りや修理といったDIYにはまったそうだ。
「DIYなど日本では未経験でしたから、最初は面食らいましたが、初心者だけにドンドン上達していくのがおもしろくて、職業を変えようかなと思ったくらいです(笑)。すっかりのめりこみましてね、初めの1年間というもの、コントラバスを弾くのはNZSOで演奏するときだけで、自宅では一切、楽器に触らなかったんですよ。1年後に楽器ケースを開けたら、青カビだらけになっていてびっくりしました(笑)」
DIYが一段楽すると、釣りやキャンプといったアウトドアの遊びに夢中になった。もともと渓流釣りを趣味としていたが、ニュージーランドでは夕食のおかずを調達するため、海に出かけることが多いという。
「ウェリントンはコンパクトなので、仕事の後、すぐに海に行けるのがいいですね。釣った魚は自分でさばいて、刺身、干物のほか、韓国料理のチャンジャ(タラの内臓の塩辛)、明太子なども手作りしています。巨大なアナゴを釣ったときは蒲焼にしました。ここのところは素潜りにも熱中しています。何しろちょっと潜ればアワビやナマコが簡単に獲れますから。次はカラスミ作りとそば打ちに挑戦しますよ」
日本にいたときは毛嫌いしていたというゴルフやテニスも、ニュージーランドに来てから始めた。「こちらでは下手でも人目を気にしないですむのがいいんですよ。というか、周りを気にするほど人もいないですしね」と、屈託なく笑う。一時は自らを見失いかけるほど仕事に追われていた池松さんだが、この国に来て自分らしさを取り戻し、楽器の練習にもじっくり取り組めるようになったそうだ。
「日本ではいつも演奏会のスケジュールに追い立てられ、間に合わせるような練習の仕方しかできなかったのですが、ニュージーランドでは時間がたくさんありますから、落ち着いて楽器に向かえます。2007年の暮れから08年の初めにかけてニュージーランドと日本でリサイタルを開いたので、その前の半年間は毎日、家にこもって練習したんですよ。こんなに根を詰めてできたのは学生時代以来でしょう。練習自体も楽しかったですね」
ニュージーランドでのゆとりのある生活は、池松さんの音楽にも変化をもたらしたようだ。最近、自分でも「音が以前よりもナチュラルになった」と感じているという。
「去年の暮れにN響で第九を弾いたとき、そのことをひしひしと実感しました。移住前は気づかなかったことですが、N響では練習のとき、異様なほど静かなんです。誰も私語をしないし、息を詰めているようでした。NZSOはもっとザワザワしています。別に団員がおしゃべりをしているというわけではなく、普通に呼吸をしているからです。息の仕方は音楽ではとても重要で、スタイルがまるで違ってきます。無意識に息を止めがちな日本のオーケストラは、力強くてがっちりとした音を、息を止めないニュージーランドでは、非常に自然な音を出します。そういう意味では、両者は対極にあるといえますね」
正反対な音楽性を持つ2つの国のオーケストラ。両者を身近に見ている池松さんは、それぞれに異なるよさがあると語る。例えば、一人ひとりがのびのびと自身の音楽を表現できるのは、NZSOならではの魅力。その一方、組織プレーを得意とするN響が一致団結したときの底力は、NZSOにはないものだ。池松さんもたまにはN響時代のように、息を詰めて心臓をドキドキさせながら演奏してみたいと思うとか。しかし、あくまでも自然なNZSOの音は、肩の力を抜いて生きる池松さんのライフスタイルにマッチしているようだ。
「僕はNZSOが大好きなんですよ。世界の一流オーケストラと比べても遜色ない、高い実力を誇っていますし、メンバーの人柄も最高です。約20カ国から人が集った多国籍なオーケストラですが、皆、信じられないほど仲がいいんです。オーケストラには優れた音楽家が集合するので、相容れない部分があったり、派閥ができたりしがちなのですが、NZSOにはそうしたことが全然ありません。ヨーロッパ諸国から来た団員たちも、ここは奇跡に近いほどいい雰囲気だと言っています」
新天地で人生と音楽の両方を満喫する池松さん。のびやかにイキイキと暮らす彼の中から生まれる音は、これからさらに深みを増していくに違いない。
Text/グルービー美子(Media 4 New Zealand)
提供/ニュージーランドの歩き方
Hiroshi Ikematsu
いけまつ・ひろし●1964年ブラジル生まれ。19歳よりコントラバスを始め、堤俊作氏に師事する。桐朋学園大学音楽学部に入学後、オーケストラ・室内楽等を小野崎充氏、西田直文氏、田中雅彦氏に師事。大学卒業後はカナダでゲイリー・カー氏に師事する。89年、NHK交響楽団に入団。94年から同団の主席コントラバス奏者を務める。その一方、ソロ・リサイタル、ライブ、音楽祭への出演など、多方面で活躍。「オーパ、コントラバス〜」(2000年)、「ノーヴァ、コントラバス!」(02年)、「5つのアヴェマリア」(05年)という3枚のソロ・アルバムもリリースする。06年4月にニュージーランド交響楽団(NZSO)入団。主席コントラバス奏者に就任。以後、NZSOでの演奏を中心としながら、日本および世界各地での音楽活動も続けている。
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