
Interview vol.9
騎手
坂井 昌司さん
1回1回の騎乗を大切にしたい
(Quarter 2002年冬号より)

ニュージーランドでプロの騎手になるまでのいきさつを教えてください。
ニュージーランドにワーキングホリデーで来て間もないころ、オークランド郊外にある牧場で馬を見掛けたことがすべての始まりでした。学生の時に一度競馬に行ったことがあるだけで、間近に馬を見たのはその時が初めてだったのですが、美しく走るその姿に感動し、1時間くらい魅入ってしまいました。そんな僕に、牧場のスタッフが声を掛けてくれ、きゅう舎を案内し、説明をしてくれたこともあり、ますます馬に対する興味が、自分の中で膨らんでいきました。
当時の僕は、自分のしたいことが何か分からず、海外でその“何か”を見つけたいと思っていましたが、それが馬に関わる職業に就くことじゃないか、とその時ひらめいたんです。でも、当時の僕は馬の知識も英語力も皆無。そこでまずは、地元の職業訓練校の1つである競馬学校に入学し、馬の飼育から、乗馬、調教、競馬のシステムなどを勉強しました。その学校の練習場である牧場の提供者がたまたま日本人だったこともあり、その人に助けられながら、現地の人と共に学び、卒業後は、ニュージーランドの代表的な競争馬を過去何十年も育てている名調教師、フランク・リッチー氏のきゅう舎で働きながら、乗馬の技術を身に付けていきました。
この国で馬についてゼロから勉強を始め、競馬業界で働きながら、少しずつ段階を追って、馬に関する知識や乗馬技術をレベルアップしてきたわけです。しばらくして馬を普通に乗りこなせるようになった後、障害レースに興味を持ち、練習し始め、何度かのけがに見舞われながらもそれをクリア。さらにその上を目指すとなると、プロの道しかなく、それにチャレンジしたまでです。
現在は障害馬の騎手としてレースに参加しながら、北島ケンブリッジにあるブラウン・ステイブルで働いています。ここは障害馬を飼育するきゅう舎で、国内一規模が大きく、ニュージーランド一の名障害馬が集められています。この国で最もレベルの高い障害レース、「グレート・ノーザン・スティープル」の昨年の優勝馬、スマートハンターもここで調教されており、障害レースの騎手にとっては、練習に適した理想的な環境が整っています。
ニュージーランドでプロの騎手になるにはどのような条件が必要ですか? また日本の競馬界とどのように異なるのでしょうか?
この国でプロの騎手になるには、3年間、きゅう舎で見習いとして働く必要があります。担当の調教師は、その見習い騎手の保証人になる必要があるため、きゅう舎を所有している人に限られています。その後、見習い騎手が参加できるトライアルレースに何回か出場し、審査員と担当の調教師がその騎手の実技能力を判断します。賞金がない以外は、このトライアルレースは本当のレースとまったく同じように行われます。なのでプロレベルの乗馬の実力がないと参加できませんし、それ相当のテクニックがなければ、まず馬主がレース用の馬を貸してくれません。
日本で騎手になるには、まずはJRA(日本中央競馬会)が運営するJRA競馬学校に入学しなければなりません。入学条件で重要視されるのは体重で、卒業までの3年間、43キロ以内に維持しなければならず、どうしても騎手に向く体格であることが必要です。また日本とニュージーランドのレースの賞金には大きな開きがあり、日本の方が30倍から40倍も高くなっています。それだけ大きなお金が動く世界であるため、騎手になる人はある程度の身上調査をクリアしなければならない、というのを聞いたことがあります。
一方、この国ではプロの騎手に対する体重の規定はなく、日本に比べ、プロになること自体はさほど難しくありません。しかしプロになった後、日本より厳しい世界が待っています。この国には、調教師と騎手の間に立つエージェントや組織は存在しないので、レースに参加するために自分で乗り馬を探す必要があります。しかしすでにプロとなっている騎手が乗る馬を押さえていることが多く、ライセンスを取り立ての若い騎手にとって、乗り馬を探すことは非常に難しいのです。日本では、馬主と調教師は所有する馬をレースに参加させる際、出走手当をもらいますが、ここでは調教師の方が参加料を出してレースに参加します。ですから調教師は馬と相性の良い騎手を選び、確実にレースに勝つことに対して、より熱心なのです。
騎手は各馬によって決められている負担重量を守らなければいけません。この負担重量とは、馬具や騎手などの総重量です。例えば負担重量が63キロの馬に騎乗するとします。まず馬具だけでも3キロ、そしてプロになって日が浅い選手は、さらに3キロマイナスしなければいけない規則があるので、騎手は体重を57キロに維持しなければなりません。レース参加のチャンスを待ちながら、食べたいものも食べられず、体重を維持することは本当にストレスがたまります。そのため、騎手をあきらめ、違う道を選ぶ人がほとんどです。この国で騎手としてやっていける人はほんの一握りに限られているのです。
プロの騎手としてのご自分の現状、また将来の展望をお聞かせください。
最大の夢は、千葉の中山競馬場で行われる障害レースで世界最高の賞金額の「中山グランドジャンプ」にニュージーランドの馬と共に出場することです。先ほど述べた、スマートハンターと参加できたら最高ですね。
今はとにかく、より多くのレースに出場し、この国の競馬業界の関係者に認められる馬の乗り方を目指しています。レースは一瞬の動きで着順が変わります。そのため騎手にはレースがスタートした直後、瞬時に馬の位置取りを判断し、行動するための反射神経が要求されます。僕にはその資質が備わっていると思うので、後はいい馬に乗るために、自分の能力を周囲にアピールすることが必要です。そのためにも、名馬に乗れるチャンスをつかむまでは、毎回ベストな形で馬を乗りこなさなければなりません。レースに参加するためには、調教師に直接連絡を取り、騎乗を申し込むのですが、その時に相手が自分のことを知らなければ、馬を貸してもらうことは不可能です。また、調教師は、騎手よりも馬について熟知しているため、各騎手の乗り方を見て、実力を一目で見分け、最も優れた方法で馬を乗りこなす騎手を信用して、馬を貸してくれるのです。
非常に厳しい世界に身を置いていますが、決して騎手を辞めたいとは思いません。ゼロからここまで積み上げてきたのだから、あせらずにコツコツと努力していくつもりです。
(2002年4月22日、北島ケンブリッジ、ブラウン・ステイブルにて)
Shoji Sakai
さかい・しょうじ●1974年8月24日、新潟県生まれ。1997年、ロトルア・サラブレッド・ロッジ・タカニニ校で競馬について学んだ後、リッチー・レーシング・ステイブルで、馬の飼育や調教に携わる。1998年、労働ビザ取得。2001年、見習い騎手による国内最大のレース、「デューク・フォー・グロスター・カップ・オブ・アマチュア・ライダーズ2001」で優勝を収め、同年8月、プロの騎手となる。
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