
Interview vol.8
映画監督・脚本家
ハリー・シンクレアさん
「マジカル」な国へようこそ
(Quarter 2002年秋号より)

東京国際ファンタスティック映画祭2001の「QFRONTムービーセレクション」のグランプリ受賞おめでとうございます。受賞作『ミルクのお値段(原題:The Price of Milk)』の日本での評価をどうお考えですか?
東京の渋谷にQFRONTというビルがあるのですが、そこが主催する賞を頂いたので、副賞として『ミルクのお値段』のプロモーションを、そのビルの巨大な壁面を利用するなどして行うことができました。これは私にとって大助かりです。プロモーションにはお金がかかりますからね、特に日本では。授賞式の際は東京に滞在し、居酒屋などを巡り、エンジョイしました。私は東京のような大都市が大好きなのです。緑の田園風景が美しいニュージーランドに住んでいるからこそ、東京のようなちょっと騒々しいぐらいの、テンポの速い街に引かれるのでしょう。今回はインタビューなどに追われた、たった6日間の滞在だったので、次回はもっと長くいられればと思います。そうすれば、日本のことをもっと知ることができますからね。
『ミルクのお値段』の日本での成功は、ちょうどそれと反対の原理だと思います。いつも忙しい生活を送っている日本人は、彼らの住む世界とはまったく違う、青々とした広大な丘の続くニュージーランドに引かれるのでしょう。この国は彼らの目には「マジカル」な魅力に溢れる国に映ったに違いありません。特に女性の観客は、風光明媚でロマンチックなところという印象を受けたようです。
前作『トップレス(原題:Topless Women Talk About Their Lives)』(妊娠した主人公リズが、赤ちゃんの父親を誰か決めかねる、という内容)とずいぶん違う、この映画を作ったのには、理由があるのです。ニュージーランド映画というのは、自国をとてもリアルに描く傾向があるのですが、私はそんな風にではなく、まったく違う風に、この国の一面をスクリーンに映し出してみたかったのです。
日本人にとっては、ニュージーランド人はゆとりのある、リラックスした国民に見えるかもしれませんが、実はニュージーランド人は意外にまじめな面があります。実際残念なことに、私たちは物事を真剣に考えすぎて、自分たちがどんなに恵まれた国に暮らしているかを見失いがちです。特に若い世代はその傾向が顕著です。私も数年海外で暮らした経験がありますが、いつもニュージーランドが自分の帰るべき国だと思っていました。
この映画の舞台はなぜファームなのですか?また、マオリ人老女とそのおいを登場させたのには、何か意味があるのでしょうか?
この国の象徴を探していた時、それがファームだと確信したのです。この国は由緒正しい酪農国ですし、昔も今もミルクは大切な製品であり、輸出品です。こういうシリアスな題材を、軽いコメディータッチで描いてみようと思い付いたのです。
『ミルクのお値段』はニュージーランドの酪農について触れた初めての映画です。この国の自然美としては、どちらかというと『ピアノ・レッスン』に登場するような手付かずのブッシュの美しさに焦点が当てられがちです。しかし、今回私が取り上げたこの国の自然美は、どこまでも続く緑の丘です。明るい陽光の下に広がっていながら、人っこ一人いない、もの寂しい風景に引かれたのです。ですから、ロケ地を探すために、オークランドの郊外を運転して回りました。そして見つけた、どこまでも続く緑の丘や谷間が私にとってのニュージーランドのシンボルだったのです。
映画の中に登場するマオリ人老女もこの国を象徴しています。国内で常に緊張した関係にあるパケハ(広義で「白人」)とマオリ。だからこそそれについて、映画の中で取り上げたかったのです。でもシリアスにではなく、おとぎ話の中で。パケハのファーム経営者は大なり小なり、土地を得るためにマオリと交渉しなくてはなりません。映画の中で、このパケハと同じ役割を果たすのが、主人公のルシンダです。彼女は盗まれたキルトを取り返すために、マオリの老女と交渉を重ねます。また、おとぎ話には必ず妖精が登場します。それが、この映画ではマオリの老女のおいたちに当たります。『ミルクのお値段』には政治的なメッセージはなく、私はただ「マジカル」な世界を語りたかっただけなのです。
もちろん、ニュージーランドはこの映画に登場するような「マジカル」な面だけを持つわけではありません。日本人がこの映画を見、もしかすると、これをこの国の現実と誤解するかもしれません。それでも、この国にやって来さえすれば、映画の中に登場する、緑濃いファームでウシが草をはんでいる姿を見ることができます。私はそれでいいと思っています。これもこの国の1つの情景なのですから。
緑のファームにルシンダの真っ赤なサリーの花嫁姿が映えて、印象的ですが、なぜこれらを組み合わせたのでしょう?
この組み合わせはまったくの偶然から起こったことなのです。ロケ地の近くにはたった1軒しかショップがなく、そこがインド人家族による経営だったのです。実際に映画に登場してくれている彼らの影響を受けて、彼女にサリーを着せることに決めました。でも、これは結果的に、私が意図したかったことに通じていたのです。ニュージーランドでは、サリー姿のインド人女性をよく見掛けますよね。ファームにサリーという取り合わせは意外なコンビネーションと思われるかもしれませんが、ここは移民が形成している国で、どちらもこの国の一面であり、それを単に一緒に登場させているにすぎません。私がこの国を好きな理由の1つに、ここがマルチカルチャーな面を持つということが挙げられます。特にオークランドなどでは、中国人を中心にアジア系の移民がどんどん増えていて、彼らが街に活気を与えています。これは素晴らしいことだと思いますよ。
新作が完成間近と伺っていますが、どんな内容なのか、少しだけ教えていただけますか?また、ニュージーランド映画界の将来をどうご覧になっていますか?
新作『Toy Love』も、制作関係者のクレジットを残すのみで今週完成する予定です。国内での公開は今年の中盤になるでしょう。まだ決まっていませんが、日本で上映できるといいですね。今回はオークランドを舞台に、不倫について描いています。この題材は世界中のどこでも見られるものですが、それでもこの映画では、ニュージーランドの男女の関係を描くように努力したつもりです。私はニュージーランド人ですし、この国で育ち、暮らしていますから、この国のことは熟知しています。知り尽くしていることを映画で取り上げるということが大切だと思います。そうすれば、精巧な映画を作れますからね。
ニュージーランド映画界はこれからも繁栄していくと思います。小さな国ですが、ロケ地も、編集施設も充実していますし、映画自体も世界的に高い評価を受けています。国際的に活躍する監督や俳優を、この国が輩出しているという事実は誇るべきことですが、私にはあまり興味がありません。私はこれから先も故国、ニュージーランドに題材を絞って、その姿を描いていく方が性に合っていると思っていますし、そうしていきたいと思っています。
(2002年1月14日、オークランド、ハリー・シンクレア監督のオフィスにて)
Harry Sinclair
はりー・しんくれあ●1959年、オークランド生まれ。俳優、マルチメディアグループの一員として活動。1997年発表の『トップレス』がニュージーランド・フィルム&テレビジョン・アワーズを総なめに。一昨年発表の『ミルクのお値段』は東京国際ファンタスティック映画祭2001の「QFRONTムービーセレクション」のグランプリほか、各国映画祭で多くの賞を受賞。
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