
Interview vol.4
琴曲家
橋本 眞澄さん
夢はお琴と洋楽器の協演
(Quarter 2001年秋号より)

オークランド、ウェリントン、ネルソン、クライストチャーチ、ダニーデンなど、ニュージーランド各地でお琴の演奏会を開いたそうですが、その時の様子をお聞かせください。
ニュージーランドでお琴の演奏会を開いたのは今から 12年前で、クライストチャーチのAsian Music Festival で演奏したのが始まりです。また、ウェリントンのある学校でも独りで演奏したのですが、この時はお琴という楽器を見るのも初めてなら、私が着ていた着物を見るのも初めてという学生さんが多く、「着物を着るのにどれくらいの時間がかかるの?」など、お琴以外にも日本の文化に対する質問や反響が大きかったように思います。
1992年にはクライストチャーチのガールズハイスクールで演奏会を開きました。この時は日本からの友人8人が助っ人として、一緒にお琴の演奏をしました。また、カンタベリー大学の学生さんもバイオリンで参加してくれて、『春の海』をはじめとする5曲を披露しました。この演奏会はかなり好評で、演奏終了後、地元のキーウィの質問攻めにあったくらいです。意外だったのは、地元の日本人の方に「生のお琴の演奏を聴くのは初めて」という方が多かったことでした。確かに今の日本では、お琴は限られた場所でしか聴くことができないですものね。
同年ウェリントン、ネルソンで、1997年にオークランド、クライストチャーチ、ダニーデンで、各大学のサポートにより演奏会を開きました。サポートとはいってもボランティアとして日本から来てもらった友人たちの飛行機代にもならないほどの額でしたが。しかも大きなお琴を日本から持ってくるのに、9万円もの航空運賃の追加料金を取られたり、特別なこん包をお琴屋さんにしてもらったりなど、いろいろな面倒や困難があったそうです。それにもかかわらずわざわざ日本から来てくれた友人たちには、感謝の気持ちでいっぱいです。彼らの協力を得て、この演奏会も大成功を収めることができました。
キーウィのお弟子さんにはどのようにお琴を教えているのですか?また苦労している点がありましたら教えてください。
「音楽に言葉は要らない」と誰かが言っていましたが、本当にその通りです。キーウィの生徒に教えるときには、「ハイ、チン、トン、シャン」と指の使い方を見せながら、「ワン、ツー、スリー」と弦の番号を言ったりして、英語と日本語のちゃんぽんで教えていました。ですから、私とキーウィの生徒がお琴のおけいこをしているところをはたから見たら、きっとおかしいでしょうね(笑)。また、私も音楽に必要な英単語を覚えたりと、改めて勉強になったこともありました。
私のキーウィの生徒の1人、大学生のゾイには、彼女が高校生の時からもう3年間お琴を教えています。彼女の家で日本人をホームステイさせていた時に、その日本人が持っていたお琴のテープを聴いて、その音色に魅せられたそうで、日本領事館を通して私のところに「お琴を教えてくれないか」という問い合わせが来たのがきっかけでした。
ゾイはすごく熱心な生徒で、漢字で書かれているお琴の楽譜もすぐに読めるようになりました。お琴の弦を表す1から13までの漢数字をカードに書いて覚えたようです。ただ、彼女は日本語がまったく話せなかったので、日本語の歌だけはなかなか歌うことができませんでした。最初は歌詞にローマ字をふっていたようです。それでも大学で日本語を勉強してからは、ひらがなや漢字も読めるようになり、歌の方も上達していきました。また1997年の演奏会からは、彼女も一緒に演奏するようになりました。
ニュージーランドの自宅には、現在、お琴が4面、そして三味線が1丁あります。楽器が手に入らないとお琴を習うことをあきらめている人が多いですが、理由はともあれ本当にお琴を習いたいという熱意があれば、キーウィでも日本人でも喜んでお琴を教えたいと思っています。30分教えて時間が来たから終わりという教え方ではなく、自分の時間を割いてでも熱心なお弟子さんにはきちんと時間をかけて教えるつもりです。ゾイの場合は1回につき約2時間ほどのおけいこでした。
聞いた話ですが、今年から日本の学校教育に、日本の伝統音楽が取り入れられるということで、本当にうれしいことだと喜んでいます。これを機会に、普段ではなかなか接することの少ないお琴などの日本の伝統音楽に触れる機会が増えれば、もっとこれらの音楽が身近になり、次世代に受け継がれていくのではないかと思います。私の場合も初めてお琴を弾いたのは学校の奏楽部だったのですから。
またクライストチャーチのポリテクニックの先生から聞いた話なのですが、「日本語クラスの生徒が最近は日本語を習うだけで、日本の文化に興味を持たなくなっている」そうで、これは本当に残念なことだと思っています。 私のお師匠さんがカナダの養老院で演奏した時、涙を流して聴いてくれた現地日本人がいたという話を聞いて、私の演奏がニュージーランドに住む現地日本人の心を動かせたら、またキーウィの人々が日本の文化に興味を抱くきっかけになればと思います。
ニュージーランドでお琴を演奏する上で、これからの目標や夢などを教えてください。
今までにも、キーウィの大学の先生や生徒さんが、洋楽器で一緒に演奏会に参加してくれたことがありました。これがとても楽しかったので、“お琴と洋楽器の協演”ができたらどんなに素敵だろうと思っています。例えば、鼓(つづみ)の代わりにドラム、尺八の代わりにフルート、胡弓(こきゅう:三味線に似た擦弦楽器)の代わりにバイオリン、横笛の代わりにピッコロという具合に。できればキーウィの人がお琴を練習して弾けるようになって、お琴の数が増えるのが理想なのですけど、楽器の入手が難しいのが現状です。でも、洋楽器なら地元の方もどんどん参加できるでしょう。
以前、オークランドやダニーデンで演奏会を開いた時に、リハーサルは本番前日だけしかできなかったのですが、事前に演奏者にはテープを聴いてもらい、どんな曲なのか感覚をつかんでもらってリハーサルに臨んでもらいました。日本から参加した私の友人たちは、英語は全然ダメなのでどんなリハーサルになるのか少々心配でしたが、音楽に大事なのはリズムと曲のどこで演奏に入るかなので、「ワン、ツー、スリー、ハイ」だけで、特に問題はありませんでした。演奏後も「機会があればまた演奏会をぜひやりましょう」とお互いに意気投合していましたよ。参加者全員が「音楽には国境がない」ということを実感できた演奏会だったように思います。
ニュージーランド国内でお琴を弾くキーウィたちの中で、毎回演奏会で顔を合わすメンバーがいます。どうせならお琴の会を作ろうと、彼らと4年前に『交友会』という会を作りました。このメンバーと共に、洋楽との合奏ができる演奏会が実現できれば、今から練習の励みになっていいのですが(笑)。
(2001年1月16日、クライストチャーチ、橋本さんの自宅にて。文/写真 ヤスコ・イーディ)
Masumi Hashimoto
はしもと・ますみ●1945年8月23日生まれ。55歳。大阪府出身。16歳よりお琴を、18歳から三味線を始め、21歳で生田流当道会の『少授導』、その後生田流宮城会の『助教』(ともにお琴を教えるための最初の資格)を取得する。日本では25人の弟子を持ち、1988年にこちらに移住してからは、地元キーウィや日本人学生などに教えるほか、全国各地で演奏会も行っている。
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