
Interview vol.1
在オークランド日本国総領事
五月女 光弘さん
在留邦人は日本の「顔」
(Quarter 2000年冬号より)

オークランド総領事に就任なさってから1年以上がたとうとしていますが、ニュージーランド、そしてここに暮らす日本人をどのようにご覧になっていらっしゃいますか?
1999年の統計で見ますと、海外に長期滞在している日本人の数は過去最高の79万5000人となっています。これに旅行者として出かける人も含めると相当な数になります。ニュージーランドはそんな日本人にとって、美しい景色、比較的よい治安、暮らしやすさといったプラスイメージが多くあり、人気の高い国です。事実、統計でもニュージーランドを含むオセアニアは日本人訪問者数の伸びが最も見られたところです。私もこの国に来られることをうれしく思いましたし、来る前から知人、友人からずいぶんうらやましがられました。
こちらに来て感じたのは、人が親切なことです。それに空気が澄み、自然が美しい。広々とし、治安も比較的よく、食べ物もおいしい。医学、科学の面でも技術が進んでいて、安心して生活することができます。住み心地がいいのです。この印象は当時も今も変わりません。 ただ、どこの国でもそうですが、いいところだけを見て生活するというのは相手の国に対して失礼なことだと思うのです。やはりその国のマイナス面、欠点も見て、アドバイスしてあげるというのも「友人」として必要です。つまり、外国人とは文字通り「親友」になることが大切だと考えています。「いい国ですね。とても素晴らしいですね」と言うだけで終わってしまっては本当の友人とは言えないのではないでしょうか。「こういうところを直したら、もっといい国になりますね」とアドバイスをすることも必要です。私自身もキーウィの友人に、率直にこういうことを話していますよ。彼らはそれに対し、「なるほど」と喜んでくれています。ですから、ここにいる日本人の方もニュージーランドの人たちと仲良くすればするほど、この国を褒めるだけではなく、問題点も指摘してあげる方が本当の意味での二国間の友好関係が築けると思うのです。私は「真の友人」とはおせじだけではなく、ちょっと辛口のコメントも言ってくれる人のことだと思います。
ニュージーランドと日本の間にはワーキングホリデー制度があり、日本の若者もずいぶんこちらに来ているのを見かけますが、いかがお考えになりますか?
外国に出てくるということは本人にとっても、その人の母国の未来にとってもいいことです。多くの人が自分の暮らした国を好きになります。楽しく生活できるということは、ある意味では能率が上がるということです。文化や語学を学ぶなどといった面で、楽しくなければ、よりよく理解したり、能力を高めることはできないものです。
私は「外国に来て楽しかったな。きれいだったな。英語もそこそこできるようになったな」で終わってしまってはもったいないと思うのです。やはり、その経験を日本社会、あるいは国際社会に結びつけてほしいと思います。現在、日本は国際社会に対して多大な財政支援をしています。国連においては日本の分担金がアメリカの25%に次ぎ20.57%と第2位を占めています。これは他の主要国とは比較にならないほど多額です。他の国際機関にもお金を出していますから、こういった面では日本は世界でも1位、2位というぐらい突出しているのですが、その割には日本人の「顔」が見えないのです。例えば、国連本部の日本人職員数は全体のわずか2.5%なのです。ですから、若い人たちにはもっと国際社会で活躍してほしいと思います。海外での生活を満喫するだけで終わるのではなく、さらに一歩前進して国際社会に貢献してみようという意気込みを持ってもらいたいですね。
年齢、性別に関係なく多くの日本人が海外を訪れたり、暮らしたりしているわけですが、日本にいるだけではなく、海外に出かけていく意味はどこにあるとお考えですか?
島国の日本に住み続けると、「井の中の蛙」になってしまいます。一度外に出てみますと、その長所も短所もよく見えるようになります。日本をよりよい方向に導くためのヒントが得られるはずです。そういう面で海外から自国を客観的に見ることは大切です。
人間は、わずかな例外を除いて、行った国はだいたい好きになるものです。これは世論調査によっても裏付けられていることです。海外に行くことの重要性は自分の国のことを理解することのほかに、相手の国を好きになるということ、お互い友好関係、友情を持つということは世界的な意味での安定した人間関係、国と国との関係が結ばれるわけですから、どんどん海外に出かけてその国のことを好きになってください。本人にとっても、日本にとっても、そして相手の国にとってもプラスになるのですから。これがいい国際社会を築くための一番の基本だと思います。人間の交流が盛んに行われ、相手の国を好きになるということが戦争のない世界を維持するための重要な鍵を握っていると思います。ですから、「食わず嫌い」ならぬ、「行かず嫌い」にならないでほしいのです。その国を訪れずに好きか嫌いかを決めてはいけないと思います。
外国を理解するということは想像するよりはるかに大変なことです。「誤解は易く、理解は難し」なのです。誤解する時、される時は一瞬のうちにしたり、されたりしてしまいます。それを正し、理解する、またしてもらうためには大変な時間と努力が必要です。
今から80年ほど前に、当時駐米大使で、後に総理大臣になった幣原喜重郎さんがアメリカの田舎町を訪れた時、その町の多くの人たちが日本という国、日本人が好きだと言ってくれました。幣原さんは彼らに「日本に行ったことがあるのですか。日本人に会ったことがあるのですか」と聞いたところ、「ありません」という答えでした。「では、どうして日本のことが好きなのですか」と尋ねると、「ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の『心』を読んで、日本のことを好きになったのです」と言ったそうです。この本は日清、日露戦争時代の日本について書かれており、教育レベルが高く、国際条約をきちんと守り、人道的な国民の住む国であると、日本にとって非常に好意的な内容なのです。彼らは本を通して日本を見ていたわけです。
これと似たようなことがごく最近ありました。外務省が世界各地で「日本のことをどう思うか」という世論調査を実施したところ、ある地域で日本に非常に好意を持っている結果が出たのです。彼らもやはり日本に行ったこともないし、日本人に会ったこともありませんでした。それなのに日本のことを好きだと言ってくれているのです。その理由は「カメラや自動車、オートバイなどの日本製品を持っていて、その優秀な製品を見ているときっとこれを作った日本人は素晴らしい国民に違いない」というのです。これはある意味ではありがたいことですね。でも、果たしてそれでいいのでしょうか。先ほど私は「日本はお金は出すが、『顔』は見えない」と言いました。お金の貢献が目立ち、人の貢献がまだ十分でなく、見えにくいのです。ですから、日本人にもっともっと国際社会に出ていってほしいのです。しかし実際に「日本人に会ってがっかりした。本や製品を通して想像していた日本人の方がずっと素晴らしかった」と言われたら、それは非常に悲しいことで、そうであってはなりません。「美しき誤解」という言葉がありますが、これは日本人にとってありがたくないことです。本当の理解を得た上で、日本人のことを好きになってほしいと思います。
ニュージーランドにいる日本人の方にもぜひとも各人が努力して、両国のいい関係、いい友情を築くために努力してもらいたいのです。本や製品で見た日本人より自分が劣っているということにならないように、外国に行くからには自分が日本の代表だと、日本のことを自分を通して見られるんだという気持ちを持って、よき社会人、国際人としてこの国で活躍してほしいですね。そしてニュージーランド人のよき友人になってほしいと願っています。
(2000年5月16日 オークランド日本国総領事館にて)
Mitsuhiro Saotome
さおとめ・みつひろ●1965年外務省に入省。ニューヨーク、ロサンゼルス、ワシントン、東京などの勤務を経て1999年4月より現職。明治学院大学、長崎大学で非常勤講師、(財)日本国際政治学会会員を務める。1995年文藝春秋選考ベスト・エッセイストの1人。著書に「最新アメリカの読み方」「アメリカ合衆国読本」「アメリカ生活 A to Z」「ざ・ボランティア」「日本の国際ボランティア」など多数。