
マオリ特集
Waiho i te toipoto, kaua i te toiroa
―どうか私たちをお互い隔てることなく、ともに歩ませてください―
現在では純血のマオリ人はいないと言われている。では、マオリ人の定義とは何なのだろうか。「自分がマオリ人だという認識のある人」。それがマオリ人だというのが一般的な考え方のようだ。ほかの人種との血が混じっていることがほとんどなので、青い目をした人もいるわけで、外見では判断できないことが多い。
国内のみならず世界で、マオリの血を引いている人が多く活躍している。毎日テレビ、ラジオ、新聞などで見たり聞いたりしているあの人も、実はマオリの末えいなのだ。

©EMI Music New Zealand Ltd.
1944年生まれ。おそらくニュージーランド人の中で最も世界で成功しているのが、このデイム・キリ・テ・カナワだろう。ギズボーンで育つが、オペラ歌手を目指すためオークランドに移る。1965年にThe Mobil Song Quest、The Melbourne Sun Ariaで次々と優勝する。21歳からは英国のロンドン・オペラ・センターで学び、ロイヤル・オペラに入団。1981年にはチャールズ皇太子とダイアナ妃のロイヤル・ウェディングの席上でも歌を披露した。最近ではミレニアムを祝う故郷、ギズボーンのコンサートでその美しい歌声を聞かせてくれている。大英帝国四等勲位、ニュージーランド勲位など多数授賞。

©Sony Music Entertainment (New Zealand) Ltd.
Stellar*はデビューアルバム『MIX』が国内チャートで1位に輝くなど、現在この国で最もホットなグループの1つ。そのボーカリスト兼ギターリストがボー・ルンガ。彼女は1999年度のニュージーランド・ミュージック・アワーズで将来最も期待される女性ボーカリスト賞を、Stellar*も将来最も期待されるグループ賞を獲得した。
ボーはクライストチャーチ生まれ。以前エンターテイナーだった母とナティ・カフヌル族の血を引く父を持つ。姉はシンガーのベック・ルンガ。マオリの人々が得意な音楽分野の期待の星と言えそう。

©TV3 Network Services Ltd.
ニュージーランドのブロードキャストの「顔」といっても過言ではないのがキャロル・ハーシュフェルド。お茶の間には、TV3の18時からのニュース番組『3 News』のキャスターとしておなじみだ。
ジャーナリズムのディプロマを取得。16年間のジャーナリストとしてのキャリアを持つ。TVNZでTV1の名物番組『Holmes』をはじめ『Fair Go』や『Crimewatch』のプロデューサーを7年間務めた経歴もある。
ニュージーランドの若い世代を支援するチャリティー団体、Project Kにも多大な貢献をしている。現在、仕事の傍らオークランド大学で政治学を専攻している。

©The Robert Bruce Agency
テミュエラ・モリソンは映画『Once Were Warriors』のジェイク・ヘケ役で一躍スターダムにのし上がった。マオリ文化が色濃く残るロトルアで育ち、若い時にはハカのパフォーマンス・グループで踊っていたこともある。ニュージーランド映画ではこのほかに『The Piano』、『Broken English』、『What Becomes of the Broken Hearted』、『The Vertical Limit』など。ハリウッドにも進出し、『Speed 2』、『6 Days 7 Nights』、『From Dusk Till Dawn』などに出演している。
ノキア・フィルム&テレビジョン・アワーズで映画部門の最優秀男優賞を1994、1999年と2度受賞するなど、実力派の演技への評価は高い。

©The Robert Bruce Agency
1968年生まれ。ニュージーランド・ドラマ・スクールで2年間学んだ。数多くのテレビ番組、コマーシャルにも登場しているので、名前はピンとこなくても顔を知っている人は多いだろう。
ハリウッドでの活躍が目立ち、『6 Days 7 Nights』、『The Insider』、『Bringing Out The Dead』、『Three Kings』などに出演している。ニュージーランド映画では『The Piano』、『Once Were Warriors』などに出演。『Desperate Remedies』のフレーザー役でノキア・フィルム&テレビジョン・アワーズの1994年度最優秀助演男優賞、『Jubilee』のビリー役で2000年度最優秀男優賞を受賞している。

©Yoshinori Okada
1974年生まれ。ヘイスティングスで育つ。タイン・ランドルはスーパー12のオタゴ・ハイランダースでは若いころから一目置かれ、キャプテンも務めている。また昨年度はキャプテンとしてオールブラックスを率いたことでも知られ、ラグビーファンにはすっかりおなじみ。
学生時代は校内でトップのラグビーチーム、クリケットチームのキャプテンを務め、学校でも指折りのスポーツマンであったと同時に成績優秀者でもあった。
今年度のオールブラックスにも選ばれ、フランカーのポジションについて、チームに貢献している。ゲーム前のハカでのリードを取る姿はまさに「マオリの闘士」といった風格。

©The Evening Post
ナティ・ルアヌイ族の血を引く父、ナ・ラウル族の血を引く母のもとに生まれる。
10歳で地元のゴルフ・クラブに入り、12歳の時から頭角を現す。1993年には念願のプロに。途中、けがに悩まされた時期もあったものの、1999年のヨーロピアン・ボルボ・ツアーランキングで41位と健闘を見せた。同年、ジョニー・ウォーカー・クラシック、今年にはニュージーランド・オープン、オーストラリアン・マスターズで優勝を果たし、キーウィを喜ばせた。
現在のヨーロピアン・ボルボ・ツアーランキングは33位。今年の末までには世界のトップ10内ランキングを狙っている。
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