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ニュージーランドのグルメ情報

Cafe Mania

ニュージーランドの街を1ブロック歩いただけで、無数のカフェに行き当たる――世界的なカフェ・ブームの中、キーウィもご多分に漏れずカフェが大好き。首都ウェリントンは、市民1人当たりのカフェの軒数が世界でも指折りだ。コーヒーを一口飲んでみれば、この国の文化の味がする!?
(Quarter 2002冬号より)

Text & Research by Mari Clothier
Research by Yasuko Eady & Warwick Smith

コーヒーの世界史

With best wishes from the girls at Gould's Cafe / Alice and Pansy. "Gold Medal" series. Issued in Christchurch, N.Z. [1905-1915?]
Reference Number: Eph-POSTCARD-Stephens-06
Alexander Turnbull Library of New Zealand, Te Puna Matauranga o Aotearoa

伝説から始まったコーヒー

 コーヒーにまつわる伝説の中でも最も有名なものの1つに、850年ごろ、あるアラブ人が、飼っているヤギが元気がいいのは、コーヒーの実を食べているからだと気付いたというものがある。当時は、人間もヤギのようにコーヒーの実をそのまま口に入れてかんだり、動物性の脂やトウモロコシと混ぜたりしていた。

 アラビア語で「ワイン」の詩的な表現だった「カフワ」から来た名である「コーヒー」。その栽培は575年には始まっていたといわれ、アラビカ種が初めて栽培されたのは、エチオピア国内のアラブ植民地ハラールだった。本格的な栽培はもっと遅く、15世紀に入ってからイエメンのモカという街で、エチオピアからもたらされた苗木を使って始められた。

 飲み方も最初は発酵させて、そして1000年ごろには、実をさやごと煮出すようになった。現在のように豆をローストするようになったのは、13世紀になってからのことだ。

 アルコールが禁止されているイスラム教徒の間で、コーヒーは人気を集め、特に長時間にわたる祈りを眠くならずに行えると、イスラム神秘主義者たちに愛用された。巡礼者とともにコーヒーはアラブ世界各地に伝播し、メディナ、メッカ、カイロ、ダマスカス、バグダッドといった大都市にできたコーヒーハウスでは、音楽やダンスも行われ、人々の憩いの場となっていった。中にはコーヒーを飲んで興奮し、政治をめぐって議論を戦わす客も出たことから、コーヒーを飲むことが暴動につながるのではないかと恐れたイマーム(礼拝の導師)やスルターン(支配者)たちは、コーヒーハウスを度々閉鎖したが、その人気は衰えることを知らず、結局次々と再オープンした。このように、コーヒーはアラブ世界に着実に根付いていった。

コーヒーに征服されたヨーロッパ

 香辛料交易の重要な拠点であった、イタリアのベニスには15世紀ごろにすでにコーヒーがもたらされており、初期には薬局に、そして16世紀中盤には、カフェに置かれるようになった。同時期オーストリアのウィーンにもカフェが誕生した。1650〜1670年代にかけて、英国のオックスフォード、ロンドン、フランスのパリ、マルセイユと、次々とカフェはヨーロッパ中に誕生していった。そして、1686年パリにエレガントなインテリアの本格的なカフェ、カフェ・プロコープがオープン。その後、1843年までに3,000軒を超えるカフェができ、パリは「カフェの都」へと姿を変えていった。

 その一方、コーヒーやカフェへの反対意見も聞かれるようになる。1674年、英国ロンドンでは、コーヒーが男性をふぬけにするとしてその禁止を求め、女性たちが「The Women's Petition Against Coffee(女性によるコーヒー禁止の嘆願書)」を出版。そのほかにもカフェを不満分子の温床と、閉鎖を迫った英国のチャールズ2世や、コーヒーが「キリスト教徒を堕落させる悪魔の最新の罠」であるとし、バチカンの聖職者が反対の立場に立った。確かに、1789年に起こったフランス革命の計画がカフェで練られたように、カフェは、コーヒーを飲んだ人々が意見をけんけんがくがくと戦わせるところで、銀行、株式取引所、保険会社といった機関や、新聞のコンセプトはここで出来上がったといわれている。コーヒーへの異議を唱える人は跡を絶たなかったが、カフェはヨーロッパ各地でも繁栄の一途をたどることになる。

 ヨーロッパ各国へコーヒーを輸入していたのは、英国とオランダの東インド会社で、イエメンのモカでコーヒーを買い付けていた。当時、コーヒーの交易は約100年間にわたってアラブ人により独占されており、それに業を煮やしたオランダ人が1690年にその苗木を入手、インドネシアのジャワで栽培を始めたのを皮切りに、その後スリランカ、英国植民地のジャマイカやガイアナ、ポルトガル植民地のブラジル、フランス植民地のマルティニーク諸島、そしてキューバへ、という具合に新世界に広まっていった。

新世界にも定着したコーヒー

 英国が紅茶に税金をかけていたことに対抗して、1774年合衆国になる一歩手前のアメリカでは、紅茶をやめ、コーヒーを飲む人が続出するなど、その消費量は増加の一途をたどっていった。1850年までに、アメリカ人のコーヒー消費量は年間1人当たり、3キロ近くにまでになり、ローストした豆を密封した缶入りの商品が1878年に、そして1901年にはインスタントコーヒーが発明された。

 現在私たちが飲んでいるコーヒーの90パーセントが、エチオピア原産のアラビカ種で、そのほかにもカネフォーラ種ロブスタなどがアフリカ大陸で栽培されている。後者は前者に比べて安価で、カフェイン含有量が多く、スーパーマーケットなどで販売されているブレンドに多く含まれている。また、世界中のコーヒーの約半分を生産しているのはブラジル。ジャマイカン・ブルー・マウンテン、ハワイアン・コナ、ジャワ、モカといった種類が貴重、かつコーヒー・ファンの支持も多いといわれている。>>次のページへ

この記事は「Quarter 2002年冬号(Issue 9)」に掲載されたものです。記載されているデータ・情報は全て掲載時のものとなっております。予めご了承ください。

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