
本日開講!天国のフライフィッシング公開講座
二振り目 暗くなるまで待って
(Quarter 2004夏号より)
Text/Photo by Kanji Saito

夕まずめ。フライがもう見えなくなるかというころ、魚たちは大胆になる
大きなマスをなんとか自分のものにしようと世界各地から釣り人が訪れるニュージーランド。せっかくフライフィッシングの天国にいるのだから、挑戦してみない手はない。
ニュージーランドのフライフィッシングを概略すると、夏シーズンと冬シーズンに分けられる。釣り方はもちろん醍醐味や狙う場所も違うので、それぞれについて簡単に説明してみよう。
まず夏の釣りを一言で表現すると「間口は広いが繊細な釣り」といえるだろう。まったくの初心者でも気軽にとっつきやすい代わりに、ある程度良いサイズの魚を釣ろうと思ったら、かなり細かいところに気を配らなければならない。つまり、簡単で難しいのだ。その理由は、餌を食べているマスを狙うことにある。
春から秋にかけ、マスたちは水生昆虫、陸生昆虫、小魚、ザリガニ、オタマジャクシ、果てはネズミに至るまで、ありとあらゆるもの、口にできるものなら何でも飲み込んで体に栄養分を取り込もうとする。秋から冬は餌が少なくなるだけではなく、産卵という大きな仕事が控えている。そのため餌のある間にできるだけ多くの栄養を取り、養分を体内に蓄えておかなければならないのだ。
川の中でも餌が豊富にあるのは、浅瀬である。マスたちの主な餌となる水生昆虫の数が、水の深いところとは格段に違う。それでマスたちは隠れ家である淵や岩陰から浅場に出てきて、餌が流れてこないか、上流に目を凝らし、日がな一日餌を取り続ける。

ブラウントラウトの美しい模様
しかし、浅場というのは外敵に見つかりやすい場所でもある。だからマスたちは自分の身を守るため、常に周囲に気を配っている。そしてちょっとでも人の気配を察すると、すたこらさっさと深場に逃げていく。そんな魚に遊んでもらうには、釣り人はひたすら姿を隠し、そっとフライを投げなければならない。そよ風に乗った木の葉が水面に落ちるように、あくまでも自然、どこまでもソフトにフライを着水させなければならない。しかもフライを投げるのはどこでもよいわけではない。フライを落とすべき場所は、マスの70センチほど上流。マスを見つけたら、魚の長さよりちょっと上流を狙えばいいわけだ。これより上流すぎても下流すぎても魚が驚いてしまうので、一発必中の正確さが要求される。このように大物を手にするためには、繊細さ、腕、神経などが問われるわけで、これが夏の釣りが難しい由縁である。
しかし同じ夏の釣りでも、日が傾いて夕方になると、状況はガラリと変わる。フライフィッシングにのめり込んでしまった人がよく口にする「イブニングライズ」、「夕まずめ」と呼ばれる現象があるからだ。

釣り場への入口にはこんな立て札が立っていることもある
夕方、日が沈んで辺りが薄暗くなると同時に、幼生時代を終えて成虫へと変化を遂げる水生昆虫の数が増える。その種類にもよるが、底から泳ぎ上がって水面で羽化をするものはかなりの数になる。またすでに羽化を終え、交尾をしたメスは水面まで下りてきて卵を産みつける。そして交尾、産卵を終えた虫は短い一生を終え、水面で息絶えることが多い。つまり、夕方の水面には羽化中、産卵中、昇天したものと無数の虫が漂っているのだ。
これはマスたちにしてみれば、それこそ回転寿司のように次から次へとおいしい食事が目の前に流れてくるようなもの。しかもすべてタダ、食べ放題ときたら食べないほうがどうかしている。時間と場所を間違えなければ、辺り一面まるで雨が降っているようにマスたちが餌を食べる「ライズリング」が広がる光景を目にできるだろう。これが「イブンニングライズ」である。短くして「イブニング」や「夕まずめ」と呼ばれることも多い。

スメルトと呼ばれる小魚。マスたちの大好物だ
釣り人たちが「イブニング」を狙いたがるのは、第一に魚の多さにある。一カ所で、しかも一歩も動くことなく2尾、3尾と良いサイズのマスが釣れることも珍しくない。そして、昼間あれほど警戒心が強くシビアな釣りを強いられたのが嘘のように、マスたちは釣り人がすぐ近くにいるのも平気で餌を取り続ける。
フライを落とす位置も昼間ほど狭い範囲には絞られない。しかも、もし「カディス」と呼ばれる小さな蛾のような虫がたくさん羽化しているときであれば、釣りはさらに一段とイージーになる。というのも、カディスは羽化した後、岸まで水面を走る。おかげで投げたフライが魚の前に落ちず、しかも流れに引かれてしまい、昼間なら3メートル以内のマスたちがびっくりして逃げ出すような状況でも、彼らはこれをカディスと勘違いして逆にフライを追いかけて食べてくれるのだ。
そんなわけで、フライフィッシングをやったことがなく、フライをうまく投げられない人でも「イブニング」ならかなりの確率でマスを釣ることができるはずだ。
冬の釣りの説明は、次号にて。それまで夏の釣りをしっかり楽しんでおこう!
Line weight
フライラインは、重さによって番号が付いている。数字が大きくなるほど重くなる
Rod
ライン(釣り糸)に合わせてロッド(釣り竿)にも番号が付いている。ニュージーランドで使うなら6番がお勧め。それより小さい番手のロッドでは風に負けるし、魚に必要以上の負担がかかってしまう
catch & release
釣った魚を殺さず、すべてすぐに逃がすこと。ニュージーランドのいくつかの河川では、キャッチ&リリースが規則になっている
Queens chain
水辺から10メートル以内なら誰でも入れる権利があるということ。ただし、クィーンズチェーンが設定されている川は思ったよりも少ないので、足を踏み入れる前に地元の人などに聞いて確認すること
lure
ちょっと前の本や雑誌の記事、あるいはお年寄りの釣り人と話をしているとたまに出てくる。日本でいうウェットフライ、ストリーマーのこと。日本のルアーと混同しやすいので注意。日本のルアーフィッシングを指す言葉は、spinningである。ルアーで釣りをする人はspin fisherman
斎藤 完治 Kanji Saito
1986年、フライフィッシングをするため1年の期限付きで日本を後にするが、“釣り天国”のニュージーランドでそのまま帰らぬ人となる。以降11年間、フィッシング・ガイドとして大勢の観光客を魅惑の世界に引きこみつつも、ある日、人の案内ばかりで自分の釣りができないことに我慢できなくなり、フリーライターに転向。雑誌『アウトドア』『フライロッダース』『フライフィッシャーズ』など多数に寄稿。著書に『巨大鱒に魅入られ、ニュージーランド暮らし』(つり人社)、『極楽ニュージーランドの暮らし方』(山と渓谷社)などがある。