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人間と自然が一体になる旅 トランピング
自然は数え切れないほど多くの表情を持っている。場所によって、天気によって、日によって、時間によって、そしてそこに分け入る人間の見方によって、克明に変化を見せる。その懐に深く踏み入ってこそ初めて、人間は自然の素顔に触れることができる。その素顔とは一体どんなものなのだろうか?
(Quarter 2002夏号より)
Text by Kanji Saito

© Abel Tasman National Park Enterprises Ltd.
自然は、世界各地それぞれの顔を持っている。ニュージーランドでは、シダ、ブナ系の木を中心とした森に、キーウィ、ウェカ、カカポなど飛べない、あるいは飛ぶのが苦手な鳥たちが生息している。唯一の原産ほ乳類であるコウモリも、地面を這うことが多い。つまり非常に特殊な形で生態系が構成され、進化してきているのだ。
そんなこの国の自然に触れ、その素晴らしさを実感するには、「歩く」のが一番である。
確かに車からでも森や鳥を見ることはできる。しかし、それはあくまでも見るだけのこと。テレビと何ら変わるところがない。自然の美しさを享受するには、自分自身が自然の中に溶け込み、その一部になる必要がある。外から眺めるのではなく、包み込まれなくてはならない。
日帰りでも十分に楽しめるが、せっかくニュージーランドにいるのだから、ぜひとも泊まりがけのトランピングに出掛けてみよう。森の中、川のほとり、湖畔、そして波打ち際を歩き、夜が来れば、ミミズクの鳴き声が響くハット(山小屋)で、たき火を見つめて体をほぐす。1日24時間、自らを自然の中に投げ出すのだ。
この国は、初心者がトランピングを楽しむのに最高の環境を提供してくれている。まず、環境保護局(DOC)の努力で、ウォーキングトラックは非常に歩きやすく管理されている。また、蛇、毒グモといった、人に危害を加える動物もいないので、森の中で襲われる心配がない。そして、場所によっては、プロのガイドが案内してくれるコースもあり、山を歩くのが初めての人でも安心というわけだ。それだけ絶好の条件が整っているので、ニュージーランド人の間でもトランピングは人気が高く、人々はよく山に出掛ける。歴代の首相の中にもトランピング好きの人は多く、ヘレン・クラーク現首相もその例に漏れない。
もちろん、自然の中に踏み込むためには、ちょっとした準備がいる。それは心の準備であり、持ち物の準備だ。テレビのスイッチを入れるように簡単には自然と遊ぶことはできない。自然は美しさだけでなく、厳しさも持ち合わせているのだから。どうにかなるだろうと甘い気持ちで飛び込むと、手痛いしっぺ返しを食らうことになる。だから、自然の機嫌が悪い時にも、対処できるように備えなければならない。しかしそれは、決して尻込みするほど難しいことでも大変なことでもない。
トランピングに、特別な技術はいらない。歩く、つまり普段の生活で何気なくやっていることの繰り返しだ。しかしまた、トランピングは日常の外へと歩きだすことでもある。
ほんのちょっとしたジャンプ。そしてそのために必要なわずかの助走。
それだけでいいのだ。あとは行こうという自分の気持ちさえあれば、ごくありきたりの観光旅行が、素晴らしい自然探訪の旅へと生まれ変わるだろう。
そびえ立つ岩山、白く輝く氷河、深いブナの森、豊饒な海、噴煙を上げる火山――ニュージーランドの自然は実に幅広く、そして懐が深い。その自然の魅力を損なうことなく、多くの人に触れてもらおうと、国内各地に国立公園、森林公園などが指定されている。さらに、自然を探索するためのウォーキングトラック、泊まるためのハットなどがあるわけだが、どちらもどれだけ多くの人が利用するか、つまり人気があるかで、整備状況は大きく異なってくる。海外からの旅行者などにも広く知られているところともなると、トラックには歩きやすいように砂利がひかれているし、ハットには電気やお湯までもが供給されている。それに対して、あまり人の来ない、もっぱら地元のハンターや熱心なトランパーだけが訪れるようなところでは、トラックも獣道をちょっと広げた程度でしかないし、ハットなどは築数十年を経た、すすけたものだ。シャワーなどもちろんない。けれど、そんな誰もいない山奥の小屋で1人ぼんやりとしていると、本当に自然の中にいるのだなと実感できると同時に、まだ人影もまばらだった開拓当時のニュージーランドの生活に思いをはせることもできる。
ハットには小屋ノートがあり、そこを利用した人は皆、自分たちのメンバー数、コース、下山予定日などを書くことになっている。雨に降りこめられ、どこにも行けない時には、そのノートを読んでも面白い。きっと同じように足止めを食らった人が感想を長々と書いているはずだ。
1人で歩く、あるいはグループで行動する。どのコースを選び、どんなふうに楽しむにせよ、きっとニュージーランドの自然とそこで出会う人たちの素晴らしさに感激するに違いない。
自然を外から眺めるのではなく、その内に包まれ、感じるためのトランピング――靴ひもを締め、ザックを背負い、自然の真ん中へまずは出掛けてみよう。>>次のページへ
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